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MMT入門:政府の赤字は民間の黒字? MMTが説く経済の恒等式

Tags: MMT, 財政赤字, 民間貯蓄, 経済の仕組み, 恒等式

国の「借金」が増えると、なぜか私たちの「貯蓄」が増える?

経済ニュースなどで「国の借金が増えている」「財政赤字が問題だ」といった論調をよく耳にするかと思います。家計にたとえれば、収入より支出が多ければ借金が増えて苦しくなるのは当然のことです。そのため、国の財政も同じように考え、「このままでは大変なことになるのではないか」と不安に感じる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、現代貨幣理論(MMT)は、国の財政を家計と全く同じように捉えることには限界があると考えます。そして、MMTが示す経済全体の資金の流れの視点から見ると、実は政府の財政赤字は、私たち民間の貯蓄(あるいは資産)の増加と深く関連しているという、一見逆説的な関係が見えてきます。

今回は、このMMTの基本的な考え方である「政府の赤字は民間の黒字」という関係について、経済全体の資金の流れを追うことで分かりやすく解説します。

経済全体をシンプルな「部門」に分けて考える

経済全体のお金の流れを考えるために、まずは経済をいくつかのシンプルな「部門」に分けてみましょう。ここでは分かりやすさのため、最も基本的なモデルとして「政府部門」「民間部門」の二つに分けて考えます。

このシンプルな世界では、経済全体に存在するお金は、必ずどちらかの部門に所属しています。そして、ある部門から出ていったお金は、必ず別の部門へと流れていきます。

政府支出と税金:お金の流れを追う

政府部門と民間部門の間でお金がどのように流れるかを見てみましょう。

  1. 政府の支出: 政府が公共事業を行ったり、公務員の給与を支払ったり、社会保障給付を行ったりする際、お金は政府部門から民間部門へと流れていきます。例えば、政府が道路工事のために建設会社(民間部門)に100億円を支払えば、100億円が政府部門から民間部門へ移動します。
  2. 民間の支出: 民間部門(私たちや企業)は、モノやサービスを購入したり、投資を行ったりします。このお金の多くは民間部門の中で循環しますが、税金として一部が政府部門へ流れます。
  3. 税金: 私たちが所得税や消費税を納めたり、企業が法人税を納めたりすると、お金は民間部門から政府部門へと流れていきます。

これを図にすると、政府部門と民間部門の間で、支出と税金という形でお金が行き来している様子がイメージできます。

経済の恒等式:「政府の赤字 = 民間の黒字」の理由

さて、ここでMMTが重要視する視点に立ちます。それは、経済全体での貯蓄や資産は、お金の流れの「結果」として生じるという考え方です。

ある期間(例えば1年間)で、各部門の収支(収入−支出)を考えてみましょう。

ここで、重要なポイントがあります。経済全体で発行され、流通しているお金の総量は、政府(具体的には中央銀行と協力して)が管理しています。民間部門がお金を「貯蓄」できるのは、どこかからお金が供給されるからです。そして、その主要な供給源の一つが、政府の支出なのです。

考えてみてください。もし政府が全く支出せず、税金だけを集め続けたとしたらどうなるでしょうか? 民間部門にあるお金は税金として政府に吸い上げられる一方になり、民間部門からお金がどんどん減っていってしまいます。民間は貯蓄どころか、経済活動すらままならなくなるでしょう。

逆に、政府が税金で集める以上のお金を支出したらどうなるでしょうか? 例えば、政府が民間から税金として100億円を集めたが、支出としては120億円を民間に対して行ったとします。この場合、差額の20億円は、税金として政府に戻らなかった「新たな民間部門の収入」として民間部門に残ります。政府は20億円の「赤字」を出しましたが、その結果として民間部門には20億円が余分に流れ込み、民間部門の「黒字」(または貯蓄の増加)となります。

この関係は、数学の恒等式のように常に成り立ちます。経済全体で考えると、ある期間における政府部門の収支(財政赤字または黒字)と、民間部門の収支(黒字または赤字)の合計はゼロになるのです。(より正確には、ここに海外部門を加えると、政府収支 + 民間収支 + 海外収支 = ゼロ、となります。今回は海外部門を省略したシンプルなケースで考えています。)

つまり、 (政府部門の収入 − 政府部門の支出)+ (民間部門の収入 − 民間部門の支出) = ゼロ

これを変形すると、 (民間部門の収入 − 民間部門の支出) = −(政府部門の収入 − 政府部門の支出) 民間部門の収支 = −(政府部門の収支)

もし政府部門の収支がマイナス(赤字)であれば、民間部門の収支はプラス(黒字)になります。 政府部門の赤字 = 民間部門の黒字

政府が支出したお金が、税金として全て政府に戻ってこなかった分だけ、民間部門にお金が「積み上がる」というイメージです。これを図にすると、政府部門から民間部門への支出の矢印と、民間部門から政府部門への税金の矢印があり、支出の矢印の方が太ければ、民間部門内に残るお金が増える様子が示せます。

なぜこの関係が重要なのか?

この「政府の赤字は民間の黒字」という恒等式は、MMTの議論において非常に重要な出発点の一つとなります。

従来の考え方では、政府の赤字は「借金」であり、将来世代への負担として避けられるべきものだと捉えがちです。しかしMMTは、政府の赤字支出は、民間部門(つまり私たち個人や企業)がお金を貯めたり、投資をしたりすることを可能にする、あるいは促進するという側面があることを指摘します。政府が赤字を出すということは、それだけ多くの貨幣を民間部門に供給していることの裏返しだからです。

もし政府が財政赤字をゼロにしよう(プライマリーバランスを黒字にしよう)とすると、どうなるでしょうか。恒等式が示すように、それは民間部門の収支が赤字になる(貯蓄が減る、あるいは借金が増える)ことを意味します。これは、民間部門全体としては貧しくなる方向へ向かう圧力となります。

もちろん、政府の赤字なら何でも良いというわけではありません。MMTは、政府の支出の真の制約は「財源(お金がないこと)」ではなく、「実物資源(人、モノ、サービス)が足りないこと」や「インフレ」であると説きます。しかし、お金の仕組みとして見た場合、政府の赤字は必ずしも悪いことばかりではなく、むしろ民間部門の活動を支える上で不可欠な側面があることを、この恒等式は示唆しているのです。

まとめ

今回のポイントは以下の通りです。

政府の財政を見る際には、単に「赤字だから悪い」と家計のように考えるのではなく、経済全体のお金の流れの中で、その赤字が民間部門の活動や貯蓄にどのような影響を与えているのか、という視点を持つことが、MMTを理解する上で重要になります。