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MMT入門:政府がお金を使う前に「借金」してる? MMTが考える国債と支出の順序

Tags: MMT, 国債, 政府支出, 財政, 貨幣

はじめに:政府支出と国債に関する素朴な疑問

経済ニュースなどで、国が公共事業を行ったり、給付金を配ったりする際に「財源はどうするのか?」「国債を発行するのか?」といった議論を耳にすることがあるかと思います。多くの方が、「国が何かお金を使うためには、まず税金を集めるか、国債を発行して借金をするかして、そのお金を『財源』としなければならない」と考えているのではないでしょうか。まるで、私たちの家計が、貯金を取り崩すか、ローンを組むかして支出に充てるのと同じようなイメージかもしれません。

現代貨幣理論(MMT)は、この「政府支出のためには、まず国債で財源を確保する」という一般的な考え方に対して、全く異なる視点を提供します。主権通貨国である日本のような政府は、私たち家計とは根本的に違う仕組みでお金を使える、とMMTは説きます。

では、MMTは政府支出と国債発行の関係をどのように捉えているのでしょうか。政府がお金を使うとき、本当にその前に「借金」をしているのでしょうか?この疑問について、MMTの考え方を分かりやすく解説していきます。

MMTが考える「主権通貨」と政府支出の仕組み

MMTの出発点の一つは、日本政府のような主権通貨国は、自国通貨を「発行できる」ということです。私たちの家計が日本円を自分で印刷できないのに対し、日本政府(厳密には政府と日本銀行の統合政府)は日本円を発行できます。

政府が支出を行う場合、例えば公共事業で企業に代金を支払ったり、公務員に給料を払ったりする際、政府はその支払いを、単に「打ち込み」によって行います。これは、政府が持つ日本銀行の当座預金口座から、支払いを受ける相手(企業や個人)が持つ民間の銀行口座へ、数字を振り込むイメージです。

具体的には、政府がA社に100万円を支払うとします。政府は日本銀行に指示を出し、日本銀行のシステム上で、政府の口座からA社が取引している銀行の口座へ100万円が移動します。A社の銀行は、この100万円を受け取ると、日本銀行に持つ「準備預金」という口座の残高が100万円増えます。そして、A社の銀行は、自社のシステム上でA社の普通預金口座に100万円を計上します。

このプロセスを見て分かるのは、政府が支出する際、その「財源」として税金や国債で集めた既存のお金を必要としているわけではない、ということです。政府は、日本銀行の口座を介して、言わば新しいお金(銀行預金)を生み出しながら支出を行っているのです。これを「貨幣創造」と呼びます。

図解をイメージすると、左側に「政府(日銀口座)」、右側に「民間(銀行口座、A社預金)」があり、政府が支出する際に、政府の口座から矢印が民間の銀行口座へ向かい、結果として民間の銀行口座(及びその背後にある日銀の準備預金口座)の残高が増える、という流れになります。

MMTが考える国債の「本当の役割」

では、政府はなぜ国債を発行するのでしょうか?もし支出のために財源を確保する必要がないのなら、国債は不要なのではないか、という疑問が湧くかもしれません。

MMTは、国債の主な役割は「政府支出の財源確保」ではない、と考えます。MMTが強調する国債の役割は、主に以下の二つです。

  1. 金利の調整: 政府が支出によって銀行システムに大量の準備預金(日銀当座預金)を供給すると、銀行間の資金のやり取りに使われる短期金利が非常に低くなる傾向があります。これは、お金が余っている状態に似ています。日本銀行は、この短期金利を目標とする水準に誘導するために金融調節を行いますが、国債の発行はその手段の一つとなります。具体的には、政府が国債を発行し、日銀を通じて民間銀行に購入してもらうことで、増えすぎた銀行の準備預金を吸収し、金利を下がりすぎないように調整する機能があります。(※ただし、現代の日本のゼロ金利・マイナス金利環境下では、この金利調整の役割は以前ほど強くありません。また、金融政策の手段としての国債発行については、より複雑な議論がありますが、ここではMMTの基本的な考え方に絞ります。)
  2. 民間への安全資産の提供: 国債は、円建てであり、日本政府が発行元であるため、国内の民間主体(銀行、企業、個人など)にとって非常に安全性の高い資産と考えられています。民間が安全な形で資産を保有したいという需要に応える側面があります。

つまり、MMTの視点では、政府が支出を行うプロセス自体は「お金を生み出す」ことであり、国債は、支出が完了した後で、増えすぎた銀行の準備預金を吸収したり、民間に安全資産を提供したりするために発行されるもの、と捉えることができるのです。国債発行は支出の「原因」ではなく、支出が引き起こす可能性のある金融システム上の影響を「調整」するための手段、という側面が強いと考えます。

「財源確保」というより「準備預金の調整」

これを先ほどの政府支出のプロセスと合わせて考えてみましょう。

  1. 政府が支出する: 政府が100万円をA社に支払います。これにより、A社の銀行の日銀当座預金(準備預金)が100万円増え、A社の普通預金も100万円増えます。この時点で、政府支出は完了しており、お金はA社の手に渡っています。
  2. 準備預金が増加する: この政府支出が積み重なると、銀行システム全体の日銀当座預金(準備預金)が増加します。
  3. 日銀が国債を発行する(売りオペ等を通じて): 増えすぎた準備預金を吸収するため、日本銀行は国債を民間銀行に販売することがあります。銀行は日銀当座預金を使ってこの国債を購入するため、銀行の日銀当座預金残高は減少します。

この流れは、「政府支出をするために国債を発行して財源を確保する」というイメージとは逆の順番です。MMTの視点では、「政府支出によって銀行システムの準備預金が増えるので、その増えすぎた準備預金を調整するために国債を発行する」という側面が強調されるのです。

もちろん、実際の財政運営では、政府が国債の発行計画を立て、市場で入札が行われ、その資金を受け取ってから支出を行うという形式的な手順が踏まれています。しかし、MMTが注目するのは、その形式的な手順の裏にある、日本銀行のシステム上での貨幣創造と、国債発行の真の機能です。形式的には「先に国債を発行して資金を得てから支出」に見えても、実質的には、政府・日銀という「統合政府」全体で見れば、国債は支出の「財源」ではなく、支出によって生じる銀行の準備預金の増加を吸収するための「金融調節手段」や「安全資産の提供」としての役割が大きい、とMMTは解釈します。

まとめ:MMTが変える国債と支出の見方

「政府がお金を使うためには、まず国債を発行して借金しなければならない」という私たちの直感的な理解は、家計の感覚に基づいています。しかし、MMTは、自国通貨を発行できる主権通貨国の政府は、支出のたびに「財源」として借金をする必要はなく、支出自体が貨幣を創造するプロセスであると考えます。

そして、国債は、その支出によって銀行システムに供給された過剰な準備預金を吸収し、金利を安定させるための手段として、支出が完了した後に発行される側面が強い、とMMTは指摘します。

つまり、MMTの視点では、国債は政府支出の「財源」ではなく、支出後の「金融調節手段」や「安全資産」としての役割が大きいのです。この違いを理解することは、国の財政や金融政策に関する議論をMMTのレンズを通して見る上で、非常に重要な第一歩となります。