MMT入門:政府と中央銀行は協力すべき? 財政政策と金融政策の関係
国の経済を動かす二つの大きな力:政府と中央銀行
私たちの国の経済を考える上で、重要なプレイヤーが二つあります。一つは政府、もう一つは中央銀行(日本の場合は日本銀行)です。政府は税金を集めたり、道路を作ったり、社会保障を提供したりする「財政政策」を担っています。一方、中央銀行は、金利を調整したり、銀行がお金を貸し借りする際のルールを定めたりする「金融政策」を担っています。
一般的に、これら二つのプレイヤーは、それぞれ独立した役割を持ち、協力しつつも、特に中央銀行は政府からある程度独立して物価の安定を目指すべきだ、と考えられています。なぜなら、政府が経済を良くしようとしてお金を使いすぎると、物価が上がりすぎてしまう恐れがあるため、それを中央銀行が独立した立場で抑制するという考え方があるからです。
しかし、現代貨幣理論(MMT)の視点から見ると、この政府と中央銀行の関係性や、それぞれの政策の役割について、従来の理解とは少し異なる見方があります。今日は、MMTが考える政府と中央銀行のあり方、そして財政政策と金融政策の関係について解説します。
MMTが考える「統合政府」という視点
MMTでは、自国で通貨を発行する政府(具体的には財務省など)と、その政府が持つ口座を管理し、銀行システム全体の調整役である中央銀行を合わせて「統合政府」と捉える考え方をします。
これはどういうことでしょうか。政府が何か公共事業を行うなど、支出を決めるとします。この時、政府は税収から支出するわけではなく、技術的には中央銀行にある政府自身の口座の数字を増やし、それを支払います。支払いを受けた企業や個人は、自分の取引銀行の口座にそのお金を受け取ります。その取引銀行は、受け取った金額と同額だけ、中央銀行にあるその銀行自身の口座(準備預金)の数字が増えます。
このプロセスは、政府の支出が、中央銀行の協力のもと、銀行システムに新しい通貨(中央銀行の負債である準備預金や、それを受け取った民間銀行の負債である預金)を供給するプロセスである、とMMTは捉えます。これを単純化してイメージすると、まるで政府と中央銀行が同じ一つのお財布を管理しており、そこからお金が出ていくときには、財布の持ち主(統合政府)が自由に数字を書き換えているようなものです。(もちろん、実際の会計処理はもっと複雑ですが、本質的な仕組みのイメージとして捉えてください。)
つまりMMTでは、政府の財政活動は、単に税金を集めて使うというだけでなく、通貨発行権を持つ主体とその運用システムの中で行われていることだと理解します。この「統合政府」という視点が、MMTの様々な主張の出発点となります。
財政政策が主役、金融政策はサポート役? MMTにおける役割分担
従来の経済学では、経済を安定させるために、政府の財政政策と中央銀行の金融政策の両方が重要な役割を担うと考えられています。そして、特に短期的な景気調整には金融政策が有効だとされることも少なくありません。
しかし、MMTの視点では、経済を動かす主要なエンジンは政府の財政政策であると考えます。なぜなら、政府支出は、インフラ投資や公共サービスの提供などを通じて、具体的なモノやサービス、そして雇用を生み出し、経済の実体活動や資源の配分に直接的な影響を与えるからです。これを図にすると、財政政策が経済という車のアクセルのような役割を果たし、人やモノが動き出す様子をイメージできるかもしれません。
一方で、MMTは金融政策の役割を、従来の考え方よりも限定的であると見ます。MMTが考える金融政策の主な役割は、市場の短期金利を中央銀行が目標とする水準に維持することです。政府が大規模な財政支出を行うと、銀行システムに準備預金が大量に供給され、金利が下がる傾向が生まれます。中央銀行は、この金利の変動を抑え、目標とする金利水準を維持するために、国債の売買などのオペレーションを行います。
つまり、MMTの視点では、金融政策は経済の実体(生産や雇用)を直接的に動かすというよりも、政府の財政活動に伴う銀行システム内の資金供給を円滑にし、特定の金利水準を維持するといった、より技術的、あるいはサポート的な役割を担っていると捉えるのです。従来の経済観念で金融政策が担うと考えられていたインフレ抑制の役割についても、MMTではインフレの主因は総需要が供給能力を超過することにあるため、それに対処するには財政政策(支出の抑制や増税)がより直接的で効果的な手段であると考えます。
MMTが考える理想的な政府・中央銀行の連携
MMTの考え方では、政府と中央銀行は「統合政府」として、共通の目標、すなわち物価の安定と完全雇用(インフレを引き起こさない範囲での最大限の雇用)を目指して連携すべきだと考えます。
政府は、必要に応じて財政支出を増やし、税金を調整することで、経済の実体活動や雇用水準を適切に管理します。この際、支出に必要な「財源」は通貨発行能力によって確保できるため、家計や企業のように税収や借金に支出が制約されるわけではないと考えます。支出の真の制約は、モノやサービス、労働力といった「実体的な資源」の供給能力であり、この供給能力を超えて支出を行うとインフレが発生します。政府は、このインフレという「実体的な制約」を常に監視しながら、財政政策を行うべきだとするのがMMTの基本的な考え方です。
そして中央銀行は、政府の財政活動を技術的に支え、市場の短期金利を安定させる役割に徹します。政府が支出した際に発生する銀行間の資金の偏りを調整し、市場の混乱を防ぎ、政府が設定した金利目標(例えばゼロ金利)を維持することに集中します。MMTの文脈では、金利は基本的に政策当局の決定によって決まるものであり、政府の資金調達のために市場が決めるものではないと捉えます。
この連携のイメージは、オーケストラに例えることができるかもしれません。指揮者(政府)が全体の方針を決め、主要な旋律(財政政策による経済活動)を奏で、各楽器奏者(中央銀行を含む様々な経済主体)は、その旋律を支え、調和を保つ(金融政策による金利安定など)役割を担う、というようなイメージです。中央銀行の独立性は、目標設定(物価安定など)の点では重要かもしれませんが、その目標を達成するための手段においては、統合政府としての政府との連携が不可欠である、というのがMMTの視点と言えるでしょう。
まとめ
MMTが考える政府と中央銀行の関係は、従来の「互いに独立しつつ、それぞれ異なる政策手段で経済を管理する」というイメージとは異なります。MMTでは、両者を一体となった「統合政府」と捉え、目標(物価安定と完全雇用)達成のために、政府の財政政策が経済を動かす主要な役割を担い、中央銀行の金融政策がそれを技術的にサポートするという連携を重視します。
この考え方は、国の経済政策を考える上で、財源の制約や金利の役割といった従来の理解に疑問を投げかけ、政策当局がどのように協力して経済の目標を目指すべきかについて、新しい視点を与えてくれるでしょう。