MMT入門:政府の「借金」(国債)と企業の「借金」は何が違う?
はじめに:国の借金は本当に私たちの借金と同じ?
経済ニュースを見ていると、「国の借金が〇〇兆円を超えた」といった報道をよく目にします。私たちも、家計や会社で借金をすれば、将来それを返済しなければならず、大変だと感じます。そのため、「国の借金も同じように、将来、私たち国民が返さなければならない大変なものだ」と考えてしまうのは自然なことです。
しかし、現代貨幣理論(MMT)では、政府の「借金」である国債は、私たち家計や一般企業の借金とは根本的に性質が異なると考えます。一体、何がどのように違うのでしょうか。この違いを理解することが、MMTの考え方を理解する上で非常に重要になります。
一般企業の「借金」とは?
まず、私たちが普段イメージしやすい一般企業の借金について考えてみましょう。
企業が借金をする理由
企業は、新しい事業を始める資金、工場や設備を建設・購入する資金、あるいは日々の運転資金などが不足した場合に借金をします。銀行から融資を受けたり、社債を発行したりするのが一般的です。
企業が借金を返済する方法
企業は、事業活動で利益を上げ、その利益の中から借入元本や利息を返済していきます。もし事業がうまくいかず、利益が出なかったり赤字になったりすれば、資産を売却したり、最悪の場合は倒産・破産したりするリスクがあります。企業の借金は、将来稼ぐ予定の「外部からの資金」で返済される必要があります。
企業の借金の特徴まとめ
- 資金源: 銀行からの融資や社債発行など、企業「外部」から資金を調達する。
- 返済財源: 事業で得た利益や保有資産の売却益など、「外部からの資金」を元にした収益。
- リスク: 事業失敗による返済不能、倒産・破産リスク。
- 通貨発行権: 企業は自分でお金(通貨)を発行することはできない。
政府の「借金」(国債発行)とは?
次に、MMTが焦点を当てる、自国通貨を発行できる政府(日本であれば日本政府)の「借金」、つまり国債発行について見ていきましょう。
政府が国債を発行する目的(MMTの視点)
MMTでは、政府が国債を発行するのは、支出に必要な「財源」を調達するためではないと考えます。政府(正確には政府と中央銀行)は、自国通貨を発行する能力を持っているからです。政府が国債を発行する主な目的の一つは、政府支出によって民間に供給された大量の通貨(銀行預金)を、国債という形で吸収し、金利をコントロールすることにあります。
政府が支出をすると、そのお金は必ず民間(企業や家計)の銀行預金になります。例えば、政府が公共事業で建設会社に1億円支払うと、建設会社の銀行預金が1億円増えます。この時、政府は税金を集めたり、国債を発行したりする前に、中央銀行にある政府の口座(日銀当座預金など)を通じて支払います。中央銀行の口座は、政府が通貨を発行する際の窓口のようなものです。
このように政府支出によって民間の銀行預金が増えると、市中にお金が増えすぎたり、短期金利が低下しすぎたりする可能性があります。そこで、政府は国債を発行し、民間銀行などがその国債を購入します。国債購入代金として民間銀行が政府に支払うお金は、民間銀行の中央銀行口座の預金が減る(政府の中央銀行口座に振り替えられる)という形で機能します。これを図にすると、お金が民間から政府へ戻るように見えますが、実際には中央銀行内の口座間の数字が移動しているのです。これは、流通しているお金の総量を直接減らすというよりは、銀行の短期的な資金の量や、国債という安全な金融資産の供給を通じて、金利を安定させる役割が大きいとMMTは考えます。
政府が「借金」(国債)を返済する方法
政府は国債の「償還」(満期になった国債の元本を返すこと)や利払いを行う必要があります。では、そのお金はどこから来るのでしょうか?
MMTの視点では、政府は償還期限が来た国債に対し、再び新しい国債を発行して、その資金で古い国債の保有者に支払うことができます。これを「借り換え」(ロールオーバー)と言います。自国通貨を発行できる政府は、新しい国債の買い手さえ見つかれば、理論上、借り換えを無限に続けることが可能です。民間企業のようにもうける必要も、資産を売却する必要もありません。
また、政府が償還資金を税金で賄うという説明も一般的ですが、MMTでは税金は「財源」ではないため、税金を集めてから国債を償還する、という順番や考え方自体が適切ではないと説明します。税金は政府支出によって生み出された民間のお金の一部を吸収し、貨幣の価値を維持したり、インフレを抑制したり、社会の不平等を是正したりするといった、別の重要な役割を担っていると考えます。
政府の「借金」(国債)の特徴まとめ(MMTの視点)
- 資金源: 自国通貨を発行する能力を持つ(正確には政府支出によって民間にお金が供給され、その一部を国債で吸収する)。「外部」から資金を調達しているというより、経済システム内に通貨を供給し、それを管理する側面が強い。
- 返済財源: 主に新しい国債の発行による借り換えが可能。通貨発行能力があるため、返済のために「稼ぐ」必要がない。
- リスク: 自国通貨建て債務の場合、技術的に返済不能になる(デフォルトする)リスクはない。ただし、通貨を供給しすぎることによるインフレリスクなど、別の制約が存在する。
- 通貨発行権: 自国通貨を発行できる。
政府と企業の「借金」の決定的な違い
このように見てくると、政府の「借金」(国債)と一般企業の「借金」には、決定的な違いがあることが分かります。最も重要なのは、「自国通貨を発行できるかどうか」という点です。
| 特徴 | 政府(自国通貨建て債務) | 一般企業 | | :------------- | :---------------------------------------------- | :----------------------------------------- | | 資金調達 | 政府支出による通貨供給とその管理 | 外部からの資金調達(融資、社債など) | | 返済能力 | 通貨発行能力による借り換えが可能 | 事業収益や資産売却に依存 | | 返済の必要性 | 技術的に返済不能にならない(借り換え可能) | 返済できないと倒産・破産 | | 目的 | 公共目的(福祉、インフラ、雇用など)、経済安定化 | 利益追求、事業拡大 | | 制約 | インフレ、資源の制約 | 収益性、負債比率、市場環境、競争など |
私たち家計や企業は、自分たちでお金を発行できませんから、稼いだお金や貯蓄、あるいは外部からの借入金でしか支出できませんし、借金は必ず返済しなければ破産してしまいます。だからこそ、「お金は有限」「借金は悪」という感覚が身についています。
しかし、自国通貨を発行できる政府は、根本的に異なる立場にあります。政府支出は、それ自体が経済システムに新しい通貨を供給する行為であり、税金はその通貨を回収する行為です。国債発行は、その通貨供給量を管理するための手段の一つです。政府の「借金」は、私たち民間にとっての「貯蓄」や「資産」の形でもあります。例えば、私たちが国債を買えば、それは私たちの資産となりますし、政府が支出したお金は私たちの銀行預金として経済を巡ります。
まとめ:MMTが「国の借金は大丈夫」と考える理由の核心
MMTが「自国通貨建ての国の借金は、家計や企業の借金のように心配する必要はない」と主張するのは、政府が自国通貨の発行主体であり、返済のために「稼ぐ」必要がなく、技術的に債務不履行にならないからです。
ただし、これは政府がいくらでも無制限にお金を使えるという意味ではありません。MMTが考える本当の制約は、「インフレ」と「資源の制約」です。お金を使いすぎて、経済全体の生産能力(人、モノ、サービス)を超えた需要を生み出すと、物価が上昇してインフレになります。MMTは、財政政策の目的は財政バランスではなく、このようなインフレの制約に注意しながら、経済の能力を最大限に引き出し、完全雇用などの公共目的を達成することにあると考えます。これを「機能的財政論」と呼びます。
政府の「借金」が私たち家計や企業の借金とは根本的に違う性質を持つことを理解することは、MMTが提示する新しいお金と財政の考え方の第一歩となります。これにより、経済ニュースや国の財政状況の見方が大きく変わる可能性があります。