政府の「通貨発行権」って何? MMTが解説するその力と限界
はじめに
ニュースなどで「政府が通貨を発行できる」といった言葉を耳にしたことがあるかもしれません。現代貨幣理論(MMT)では、この「通貨発行権」を持つ政府の性質を非常に重視します。
しかし、「通貨を発行できる」と言われても、具体的にそれが何を意味し、どのような力や限界があるのか、ピンとこないという方も多いのではないでしょうか。私たちのお財布に入っているお札や、銀行の預金残高は、一体どのように生まれてくるのでしょうか。
ここでは、MMTの考え方に基づいて、政府の持つ通貨発行権とは何か、それが現代の経済システムにおいてどのような意味を持つのか、そして、その力にはどのような限界があるのかを分かりやすく解説していきます。
現代の「お金」と「通貨発行権」の仕組み
まず、現代のお金がどのように成り立っているのかを簡単に振り返ってみましょう。
私たちが日常使っているお札や硬貨、そして銀行の預金は、まとめて「通貨」と呼ばれます。現代の通貨は、金などの実物と交換できるわけではなく、政府によって「これが国の有効な通貨です」と定められたものです。これを「不換紙幣」や「法定通貨」と呼びます。
そして、この法定通貨を発行する権限を持っているのが「政府(広義には中央銀行を含む)」です。中央銀行(日本では日本銀行)が紙幣を発行し、銀行システムを通じて私たちの手元に流通していきます。
MMTでは、この通貨発行権を持つ政府を「主権通貨の発行者」と位置づけます。主権通貨の発行者とは、自国で通用する通貨を、他に借りたり稼いだりすることなく、ゼロから作り出すことができる主体という意味です。
例えるなら、ゲームの世界で、特定のアイテムを無限に生成できる特別な権限を持ったプレイヤーのようなものです。ただし、現実の経済はゲームとは異なり、そこには様々な制約が存在します。
MMTが考える「通貨発行権」の力
MMTが政府の通貨発行権を重視するのは、それが経済運営において極めて重要な力を持つと考えるからです。具体的には、次のような力が挙げられます。
1. 支払能力の確保
政府は、自国通貨建てであれば、必要な支払いをいつでも実行できます。なぜなら、支払いに必要な通貨を自ら作り出すことができるからです。
例えば、政府が公共事業のために100億円を支出するとします。従来の考え方では、「どこからその100億円を持ってくるのか?」、つまり財源が必要だと考えられがちです。しかし、MMTの視点では、主権通貨の発行者である政府は、税金を集めたり、誰かから借りたりする前に、通貨を作り出して支払うことができると考えます。
具体的には、政府の支出は、支払いを受ける相手(企業や個人)の銀行預金を増やし、同時に銀行が中央銀行に持つ当座預金(準備預金)も増加させます。あたかも、政府がキーボードを叩いて、受け取り手の口座に数字(お金)を打ち込むように、通貨が経済システムの中に供給されるイメージです。
図解をイメージすると、政府の支出によって、民間の銀行口座の残高が増加する様子が描かれるでしょう。
2. 経済への資金供給
政府の支出は、経済全体にお金を供給する主要なルートの一つです。これにより、モノやサービスに対する需要が生まれ、経済活動が活発になります。
企業が公共事業で政府からお金を受け取れば、そのお金を従業員の給与に充てたり、新しい設備投資に回したりします。受け取った従業員は買い物をしたり貯金をしたりします。このようにして、政府が供給したお金が経済の中を巡り、新たな取引を生み出していくのです。
これは、政府が経済を動かすための重要な手段であり、景気が低迷しているときなどに、政府支出を増やすことで経済を活性化させることが可能になるとMMTは考えます。
MMTが考える「通貨発行権」の限界
しかし、MMTは政府が通貨を無限に発行しても問題ない、あるいは政府の支出に全く制約がないと考えているわけではありません。通貨発行権を持つ政府にも、明確な限界が存在すると主張します。そして、その限界は「財源がないこと」ではなく、別のところにあると指摘します。
その「別のところ」とは、主に以下の2つです。
1. インフレ(物価の上昇)
政府が通貨を発行し、経済に供給しすぎると、インフレのリスクが高まります。これは、経済全体の生産能力(モノやサービスを生み出す能力)を超えて、お金だけが増えてしまう場合に起こりやすくなります。
例えるなら、お店に並んでいる商品(モノやサービス)の数が決まっているのに、買いたい人(お金を持っている人)が急激に増えた場合、商品はすぐに売り切れてしまったり、値段がどんどん上がってしまったりします。これが行き過ぎたインフレです。
MMTでは、インフレは経済の「実体的な制約」が原因で起こると考えます。つまり、人手、設備、技術、資源など、実際にモノやサービスを生み出すための要素が不足しているにも関わらず、政府が支出を増やし、それらの要素に対する需要を過剰に刺激することで物価が上昇する、ということです。
したがって、政府が通貨発行権を行使して支出を増やす際の最も重要な制約は、インフレを引き起こさない範囲で行うことだとMMTは強調します。インフレ率が目標を大きく超えるような事態になれば、政府は支出を抑えたり、税金を引き上げたりといった対応が必要になります。
2. 利用可能な「実体的な資源」
もう一つの重要な限界は、経済が実際に利用できる「実体的な資源」の量です。どんなにお金があっても、それを使って何かを作るための人手(労働力)、土地、原材料、機械、技術といったものがなければ、経済活動は拡大できません。
政府が通貨発行権を使って大規模な公共事業を行おうとしても、それに必要な建設作業員、資材、技術者が不足していれば、計画通りに進まなかったり、先ほどのインフレを引き起こしたりすることになります。
MMTは、政府の支出の目的は、単にお金をばらまくことではなく、社会に存在するこれらの「実体的な資源」、特に活用されていない労働力や技術を最大限に活用し、人々の暮らしを豊かにすることにあると考えます。したがって、政府支出の真の限界は、経済にどれだけ活用可能な実体的な資源が存在するかにある、と見るのです。
「財源がないから支出できない」ではなく、「使える人手やモノがもうないから、これ以上大きな事業はできない(あるいはやるとインフレになる)」という考え方です。
まとめ
MMTの視点から見ると、政府の持つ通貨発行権は、自国通貨建てであれば支払いに必要な通貨を自ら生み出し、経済に供給できるという非常に強力な力です。これは、政府が公共目的のために経済を運営する上で重要な手段となります。
しかし、この力は無限ではありません。その最も重要な限界は、お金の量ではなく、経済の「実体的な制約」にあります。つまり、インフレを引き起こさない範囲で、経済に存在する利用可能な人手や資源をどれだけ活用できるか、という点に政府支出の真の制約があるのです。
政府は、通貨発行権という力を行使する際に、財源の有無を気にするのではなく、インフレのリスクや、実体経済にどれだけ資源の余力があるのかを慎重に見極める必要がある、というのがMMTの基本的な考え方です。
この記事を通じて、政府の通貨発行権について、MMTの視点から少しでもご理解いただけたなら幸いです。