MMT入門:国の財政が家計と違う根本理由 通貨の発行者か使用者か
なぜ国の財政は「家計」に例えられないのか? MMTが示す根本的な違い
経済ニュースを見ていると、「国の財政は家計と同じだ」「借金が増えれば破綻する」といった表現を耳にすることがあります。私たちにとって身近な家計に例えられると、国の財政問題も分かりやすいように感じられます。
しかし、現代貨幣理論(MMT)では、この「国の財政=家計」という考え方は根本的に間違っていると指摘します。なぜなら、国家(特に自国通貨を発行できる国)と私たち家計では、お金に対する立場が決定的に異なるからです。
その決定的な違いとは、「通貨の発行者」か「通貨の使用者」か、という点です。
通貨の「使用者」である家計のお金の仕組み
私たち家計や企業は、「通貨の使用者」です。つまり、自分自身でお金(ここでは日本円を想定します)を生み出すことはできません。
家計が収入を得る方法は、主に二つあります。 1. 稼ぐ(労働や事業による収入): 勤め先から給料をもらったり、事業で利益を得たりします。これは、すでに経済の中に存在しているお金を受け取る行為です。 2. 借りる(借金): 銀行などからお金を借りることもできます。これも、銀行が作り出した、あるいはすでに経済に存在しているお金を借り入れる行為です。
家計の支出は、基本的にこの「稼いだお金」や「借りたお金」の範囲内で行う必要があります。収入以上に使い続ければ、貯金が減り、借金が増え、いずれ返済不能に陥る可能性があります。そのため、家計では収入と支出のバランスを取り、「健全な家計運営」を目指すことが重要になります。家計の制約は、持っている(または借りられる)お金の「量」なのです。
図にすると、家計の貯蓄は「収入 - 支出」で増減し、借金は「借り入れ - 返済」で増減します。使えるお金は、あくまで外部から入ってくるものか、借りてくるものです。
通貨の「発行者」である政府のお金の仕組み
一方、自国通貨を発行できる国家、例えば日本円における日本政府は、「通貨の発行者」です。(正確には、通貨の発行権は日本銀行にありますが、政府と日銀は統合政府として考えられます。これは別の記事で詳しく解説します。)
通貨の発行者である政府は、通貨の使用者である家計や企業とは根本的に異なるお金の仕組みを持っています。
MMTの視点では、政府が支出をする際、必ずしも事前に税金を集めたり、国債を発行して資金を調達したりする必要はありません。政府は、支出と同時に新しいお金を生み出すことができるからです。
具体的には、政府が公共事業のために建設会社に1億円を支払うとします。このとき、政府はまず日本銀行にある自身の当座預金口座(政府当座預金)から支払いを指示します。建設会社は民間の銀行(例えばA銀行)に口座を持っていますので、その口座に1億円が振り込まれます。このとき、A銀行の日銀当座預金口座にも1億円が計上されます。この一連の動きの中で、政府が支払った1億円という新しいお金(銀行預金)が経済に供給されます。
このプロセスを図解でイメージしてみましょう。 1. 政府が支払い指示を出す。 2. 政府の日銀当座預金が減る(ただし、これは政府自身の口座なので、家計の貯金が減るのとは意味合いが異なります)。 3. 支払いを受ける側の民間銀行の日銀当座預金が増える。 4. 支払いを受ける側の企業や個人の民間銀行の預金口座が増える。
この3番と4番のステップで、経済全体のお金の量(特に銀行預金という形で)が増えることになります。
このように、政府の支出は、税金を集めるというプロセスを介さずに、経済に貨幣を供給する行為なのです。税金は後に徴収されますが、それは支出のための「財源調達」ではなく、別の目的(後述)のためです。
「借金」の意味合いも違う
家計や企業にとっての借金は、将来稼ぐお金で返済する必要があります。返済できなければ破産のリスクがあります。
しかし、自国通貨建ての借金(国債)について、政府はそのお金自体を発行できる立場にあります。政府が国債の償還(返済)時期を迎えたとき、必要であれば新しい国債を発行したり、場合によっては日銀の操作によって、実質的に通貨を発行することで対応することが可能です。これは、家計が「お札を刷って借金を返す」こととは全く異なります。政府の借金(国債)は、通貨の発行者である政府の負債であると同時に、通貨の使用者である民間の貯蓄(資産)となる側面があります。
この点は非常に重要であり、「国の借金が増えても破綻しないと言われる理由」の根幹に関わる部分です。(これも別の記事で詳しく解説しています。)
発行者と使用者の違いがもたらす「制約」の違い
この「通貨の発行者か使用者か」という根本的な違いは、それぞれが直面する「制約」の違いに繋がります。
家計の最大の制約は、持っているお金の「量」です。収入や借入の範囲内でしか支出できません。
一方、通貨の発行者である政府は、お金の「量」そのものには制約されません。必要であれば、通貨を「発行」できるからです。では、政府の支出に制約はないのでしょうか? MMTは、政府の真の制約は「お金の量」ではなく、「実体経済の資源(人、モノ、サービス)」と「インフレ率」であると説きます。
- 資源の制約: 政府がお金を使っても、それに対応する人手や物資、技術といった「資源」が経済に存在しなければ、計画を実行できません。例えば、いくらお金があっても、建設できる人がいなければ道路は作れませんし、作れる工場がなければマスクは生産できません。
- インフレの制約: 政府支出が増えすぎると、経済全体の需要が供給力を上回り、物価が継続的に上昇するインフレを引き起こす可能性があります。MMTは、このインフレこそが政府支出の真の限界であると考えます。
税金の本当の役割
MMTでは、税金は政府支出の「財源」ではないと位置づけられます。では、税金は何のためにあるのでしょうか?
税金の主な役割は、以下の二つです。 1. 政府が発行した通貨に対する需要を作り出す: 人々は税金を支払う義務があるため、政府が発行した通貨(日本円)を手に入れる必要があります。これにより、政府が発行する通貨に価値と流通が生まれます。 2. 経済活動を調整する(インフレ抑制など): 政府が支出によって供給したお金を、税金によって経済から回収することで、過剰な需要を抑制し、インフレを防ぐ効果があります。
このように、税金は支出のためのプールではなく、政府が発行した通貨を流通させ、経済をコントロールするためのツールなのです。
まとめ:MMT理解の第一歩は「発行者と使用者の違い」の理解から
国の財政を家計に例える考え方は、直感的で分かりやすい反面、通貨の発行者と使用者の根本的な違いを見落としてしまいます。MMTの視点では、この違いを理解することが、なぜ政府は「財源」を気にせず支出できるのか、なぜ自国通貨建ての借金で破綻しないのか、なぜ税金が「財源」ではないのか、といったMMTの核となる考え方を理解する上での出発点となります。
現代の経済とお金の仕組みを正しく理解するためには、この通貨の発行者である政府と、通貨の使用者である私たち家計・企業との決定的な違いを認識することが非常に重要です。この視点を持つことで、経済ニュースの見方も大きく変わってくるはずです。