MMT入門:政府支出の「上限」はどこ? インフレ以外の制約とは
MMTが考える政府支出の上限とは?
経済ニュースなどで「国の借金が過去最大」「将来世代にツケが回る」といった言葉を耳にすることがよくあります。こうした従来の経済観念では、国の財政は私たちの家計と同じで、収入(税収)には限りがあり、支出(歳出)が増えすぎて借金が増えると破綻してしまう、だから政府支出には上限がある、と考えられがちです。
一方、MMT(現代貨幣理論)では、自国通貨を発行できる政府の財政は、家計のお財布とは根本的に異なると考えます。政府は通貨の発行者であり、税収に縛られずに支出を行う能力があると説明されています。
しかし、この話を聞くと、「では政府はいくらでもお金を使えるのか?」「本当に支出に上限はないのか?」という疑問を持たれるかもしれません。MMTは、政府支出に「財源」という制約はないとしますが、別の、しかしより重要な「上限」が存在すると考えています。
この記事では、MMTが考える政府支出の「本当の制約」とは何か、特にインフレ以外の側面に焦点を当てて、分かりやすく解説します。
MMTが考える「財源」以外の制約
MMTでは、自国通貨を発行できる政府にとって、支出の「財源」は技術的な問題ではないと説明します。政府が支出を行う際には、銀行システムを通じてあたらしいお金を生み出しているため、税金を集めてからでないと支出できないわけではない、という考え方です。
では、何が政府支出の「上限」になるのでしょうか? MMTが最も重視するのは、経済全体が持つ「物理的な能力」です。これをMMTでは「実物資源の制約」と呼びます。
1. 利用可能な実物資源の制約
政府が何か大きなプロジェクト(例えば新しい高速道路の建設や、全国民への給付金支給など)のために支出を増やすとき、その支出は最終的に社会全体のモノ、サービス、そして人々の労働力に需要を生み出します。
- 高速道路を建設するには、セメント、鉄鋼、建設機械といった「モノ(物理的な資源)」が必要です。
- 建設作業を行う「労働力(人材)」が必要です。
- 給付金が支給されれば、人々はそれを消費に回し、様々な商品やサービスへの需要が増えます。これには、お店の在庫、サービスの提供者、製造業の生産能力などが必要になります。
もし、これらの「実物資源」が経済全体で十分に活用されていない状態(例えば、失業率が高い、工場がフル稼働していない)であれば、政府支出によってそれらの資源が動員され、経済活動が活発になります。これはMMTが政府支出で目指す、完全雇用のような状態に近づく効果が期待できます。
しかし、もし経済がすでにフル稼働に近い状態、つまり利用可能な労働力や設備、原材料などが不足している状態で政府が大規模な支出を増やすとどうなるでしょうか。政府が資源を獲得しようとしても、すでに他のところで使われていたり、そもそも存在量が限られていたりします。
例えば、ある特定の専門スキルを持つエンジニアが慢性的に不足している状況で、政府がそのエンジニアを大量に必要とするプロジェクトを始めるとします。市場にいるエンジニアの数は限られているため、政府や他の企業はその希少なエンジニアを獲得するために、より高い賃金を提示する必要が出てくるかもしれません。これはその分野のコスト上昇、ひいては物価上昇(インフレ)につながる可能性があります。
これを図にすると、経済全体の生産能力を示す「壁」のようなものがあるイメージです。政府支出を含む総需要が、この「壁」(供給能力)を超えると、モノやサービスが不足し、価格が上昇します。
MMTが考える本当の上限は「インフレ」
したがって、MMTが考える政府支出の「本当の制約」は、利用可能な実物資源を超えた支出が引き起こす「インフレーション」です。
お金を発行する能力自体には上限がありませんが、そのお金を使って社会全体の生産能力を超える需要を生み出すと、物価が上がってしまい、人々の暮らしや経済の安定を損ないます。MMTは、政府の役割は、お金の供給量を管理することではなく、インフレを引き起こさない範囲で、経済に存在する失業状態の資源(特に労働力)を最大限に活用するために財政政策を行うことだと考えます。
簡単に言えば、「お金がないからできない」のではなく、「それを作るモノやサービス、そして働く人が足りないからできない」という考え方です。お金は政府が発行できますが、社会全体で作り出せるモノやサービスの量には物理的な限界がある、ということです。
その他の制約
実物資源の制約であるインフレがMMTの考える最も重要な「本当の制約」ですが、その他にも以下のような制約が存在します。
- 法律・制度的な制約: 国が予算をどのように編成するか、国債をどのように発行するか、といった法律や既存の制度によって、政府の行動は制限されます。ただし、これらは人間の手で作られたルールなので、必要であれば変更することが可能です。MMTの議論では、これらの制約は乗り越えることができるため、「本当の制約」とは区別されることが多いです。
- 政治的な制約: どんな政策を行うにも、国民の合意や支持が必要です。大規模な政府支出を行うためには、その必要性や内容について国民の理解を得る必要があり、これは政治的なプロセスを通じての制約となります。
しかし、MMTが従来の経済学と決定的に異なるのは、これらの制約よりも、インフレという形で現れる「実物資源の制約」こそが、政府支出の最も重要な、そして真の限界であると見なす点です。
まとめ
MMTは、政府支出に「財源がない」という意味での上限はないと考えますが、それは「いくらでも無制限に支出して良い」という意味ではありません。政府支出の真の制約は、経済が持つ「実物資源(モノ、サービス、労働力など)の生産能力」であり、それを超えた支出はインフレを引き起こす、と考えます。
したがって、MMTの視点では、政府が支出を検討する際には、「この支出によって、社会のどのような実物資源に需要が生じるか」「それは現在の経済の生産能力で供給可能なのか」「インフレを引き起こす可能性はないか」といった点を深く考慮することが重要になります。
MMTは、財政を家計のように「赤字=悪」と捉えるのではなく、インフレを起こさない範囲で、経済の実力を最大限に引き出すためのツールとして活用することを提唱しているのです。