MMT入門:経済が「健康」ってどういうこと? インフレと失業率、そして実体経済
MMTが考える「経済の健康状態」とは?
経済ニュースを見ていると、「財政赤字が大きい」「国の借金が増えている」といった話題が頻繁に出てきます。そして、こうした状況を「経済が不健康だ」と表現されることもあります。従来の経済観念では、政府の収支がバランスしていること、つまり「健全財政」の状態が経済の健康さを示す重要な指標の一つと見なされることが多いようです。
しかし、現代貨幣理論(MMT)では、経済の健康状態を判断する際に、少し異なる視点を持ちます。MMTが最も重視するのは、お金の数字のバランスではなく、「実体経済」がどのような状態にあるか、ということです。
MMTが重視する「実体経済」
「実体経済」とは、私たちの周りにある人、モノ、サービスなどの経済活動そのものを指します。工場で製品が作られたり、お店で買い物をしたり、ITエンジニアの方がソフトウェアを開発したり、病院で医療サービスを受けたり、といった具体的な活動すべてが含まれます。
MMTでは、政府が通貨の発行者である以上、自国通貨建ての支出に貨幣的な制約(「財源がないから支出できない」という制約)はないと考えます。政府支出は、経済の中に新しいお金(銀行預金など)を生み出し、人々の所得を増やし、需要を生み出す力を持っています。
では、政府はいくらでもお金を使っていいのか? MMTはそうは考えません。政府支出の本当の制約は、お金の量ではなく、この「実体経済」が持つ能力、つまり利用可能な人、モノ、サービスといった「資源の制約」にあると説きます。
経済の健康状態を示す指標:インフレと失業率
MMTの視点では、「経済が健康な状態」とは、この実体経済が最大限に活用されている状態に近いと考えられます。具体的には、以下の二つの指標が非常に重要になります。
1. 失業率が低い状態
働きたいと思っているすべての人が、能力や希望に応じた仕事に就けている状態は、MMTが目指す重要な目標の一つです。失業は、働ける能力のある人が活用されていない、つまり人的資源という「実体経済の資源」が無駄になっている状態です。これはMMTにとっては「不健康な経済」の典型的な兆候と捉えられます。
政府が通貨発行者として支出を増やし、有効需要を生み出すことで、こうした人的資源を含む実体経済の資源が活用され、失業率を下げることができると考えます。MMTが提案する就業保証プログラムも、この完全雇用を目指すための具体的な政策案です。
2. 過度なインフレが発生していない状態
一方で、経済が「健康」な状態とは、過度なインフレが発生していない状態でもあります。インフレとは、物価が持続的に上昇することです。MMTでは、インフレは基本的に「資源の制約」を超えるほど需要が強くなった場合に発生すると考えます。
例えば、ある製品に対する需要が急激に増えたとします。工場がフル稼働し、従業員も最大限働いている状態(資源が限界に近い状態)であれば、それ以上生産量をすぐに増やすことは困難です。このような状況でさらに需要が増えれば、製品の価格は上昇しやすくなります。これがインフレです。
つまり、過度なインフレは、経済が実体経済の供給能力(資源の制約)を超えて過熱しているサインであり、これもまた「不健康な経済」の状態と見なされます。政府支出は需要を生み出す力がありますが、この供給能力(資源の制約)を超えない範囲で行われるべきであり、インフレが過熱してきたら、政府は支出を減らすか、あるいは税金や規制によって需要を抑制するといった対策が必要になります。
財政赤字と経済の健康
MMTの視点では、経済の健康状態を判断する際に、まず見るべきは政府の財政収支が黒字か赤字か、あるいは国の借金残高が多いか少ないか、といったお金の数字そのものではありません。それよりも、「働きたい人が仕事に就けているか」「インフラや必要なサービスは十分か」「過度なインフレは起きていないか」といった、実体経済の状態を重視します。
もし、経済が不況で失業者が多く、インフラも老朽化しているような状態であれば、それは実体経済の資源が十分に活用されていない「不健康な状態」です。MMTは、このような状況であれば、たとえ財政が赤字であっても、政府は積極的に支出を増やして実体経済を活性化させるべきだと考えます。政府の赤字は、民間の所得や貯蓄(黒字)を増やす側面も持つため、それ自体が経済の健康を損なうものではない、と捉えるのです。
むしろ、実体経済が不健康な状態にもかかわらず、財政均衡を優先して支出を抑制することこそが、経済をさらに悪化させる(より不健康にする)原因となり得ると警告します。
まとめ
MMTが考える経済の健康状態は、財務諸表のバランスではなく、私たちの暮らしや生産活動といった「実体経済」の状態によって測られます。特に、失業率が低く、過度なインフレが発生していない状態が、健全な経済の重要なサインと見なされます。
政府の財政は、この実体経済を健康な状態に保つための手段であり、その収支そのものが目的ではありません。経済が持つ資源(人、モノ、サービス)を最大限に活用し、全ての人が豊かに暮らせる社会を実現することこそが、MMTが考える経済政策の究極的な目標と言えるでしょう。財政赤字や国の借金は、その目標を達成するための過程で発生しうるものであり、それ自体を過度に恐れる必要はない、というのがMMTの基本的な考え方です。