MMT入門:お金を増やしてもインフレしない? MMTが考える物価上昇の本当の引き金は「需要と供給」
物価上昇(インフレ)はなぜ起きる? MMTが注目する本当の理由
経済ニュースなどで「インフレ」という言葉を聞かない日はありません。モノの値段が上がるのは、私たちの生活に直接関わる重要な問題です。インフレについて考えると、「国がお金をたくさん刷ると、お金の価値が下がって物価が上がるのではないか?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。多くの経済学の教科書でも、お金の量と物価の関係が説明されることがあります。
しかし、現代貨幣理論(MMT)は、インフレの原因を少し異なる視点から捉えます。MMTは、単に「お金の量が増えること」が直接的なインフレの原因ではないと考えます。では、MMTは物価上昇の本当の引き金はどこにあると見ているのでしょうか。それは、実体経済における「需要」と「供給」のバランスです。
MMTが考えるインフレの核心:需要と供給のミスマッチ
MMTがインフレの原因として最も重視するのは、経済全体におけるモノやサービスの「需要」が、それらを生産・提供できる「供給能力」を上回ってしまう状態です。
これをもう少し掘り下げて考えてみましょう。経済活動とは、私たちがモノやサービスを作り(供給)、それらを欲しいと思って手に入れる(需要)ことの繰り返しです。
要因その1:需要が供給能力を超過する
経済が非常に好調で、企業も個人も「買いたい」「サービスを受けたい」という意欲が非常に強い状態をイメージしてみてください。例えば、多くの人が新しい車や住宅、旅行などを同時に欲しがり、企業も設備投資を増やそうとします。
このような時、経済全体の「買いたい」という力(需要)が、モノやサービスを実際に作り出せる「作り出す力(供給能力)」の上限を超えてしまうことがあります。工場はフル稼働になり、お店には商品が並ばなくなり、サービス提供者は予約でいっぱいになります。
この状態では、限られたモノやサービスに対して、強い「買いたい」力がぶつかり合います。当然、売り手は値段を上げても買い手がつくと考え、価格を引き上げ始めます。これが物価上昇の一因となります。
例えば、特定の人気商品の生産量が限られているのに、欲しい人が殺到すれば、その商品の価格は高騰します。経済全体で同じような状況が多発すると、それが全体の物価上昇、すなわちインフレとして現れるのです。
要因その2:供給能力に制約がある
もう一つの重要な要因は、需要が大きく増加していなくても、供給能力自体に問題が発生するケースです。これは、MMTが「資源の制約」として重視する点とも関連します。
供給能力を制約する要因は様々です。
- 人手不足: モノを作ったりサービスを提供したりするのに十分な働き手がいない。
- 原材料の不足や価格高騰: 製品を作るために必要な資源が手に入りにくい、あるいは非常に高価になっている。
- 設備や技術の不足: 生産を増やしたくても、古い設備しかない、新しい技術がまだ普及していない、といった状況。
- インフラの制約: 物流が滞る、エネルギー供給が不安定など、経済活動の基盤に問題がある。
- 海外からの供給制約: 輸入が滞ったり、海外での生産コストが上昇したりする。
これらの要因により、経済全体で「作れる量」「提供できる量」が物理的に限られてしまいます。需要がそこそこあったとしても、供給が追いつかない状態が生まれると、やはり価格は上昇しやすくなります。例えば、半導体不足で自動車の生産が滞り、中古車価格が高騰するといった現象がこれにあたります。
「お金の量」とインフレの関係性
では、「お金の量が増えること」は全く関係ないのでしょうか? MMTは、お金の量自体が直接インフレを引き起こすというよりは、お金が増えることで需要が刺激され、その結果として供給能力とのバランスが崩れることがインフレに繋がる、と考えます。
政府がお金を使って(例えば公共事業で)経済に資金を供給すると、それを受け取った人々の所得が増え、消費や投資が増加する可能性があります。つまり、「買いたい」力(需要)が強まります。
この時、もし経済にまだモノやサービスを作り出す余力(供給能力)が十分にあれば、需要の増加に合わせて生産も増やすことができます。この場合は、お金が増えても深刻なインフレにはなりにくいと考えられます。いわば、お金は経済活動を円滑にするための「潤滑油」として機能します。お金の量が増えても、お金に見合うモノやサービスが市場に十分に出回るため、お金の価値は安定しやすいのです。
しかし、すでに経済がフル稼働に近く、供給能力に余裕がない状態で、政府がお金を使ってさらに需要を刺激するとどうなるでしょうか。生産はこれ以上増やせないのに、「買いたい」人ばかりが増えることになります。結果として、限られたモノやサービスの値段が上がり、インフレが発生しやすくなるのです。
これを図にすると、例えば供給能力の上限を示す縦の線があり、それを需要を示す線が上に突き抜けているイメージになります。供給の壁があるため、需要が増えても生産量は増えず、価格だけが上昇していく、という状態です。
MMTが考えるインフレ対策
MMTの視点に立つと、インフレ対策は単にお金の量を減らす(金融引き締め)ことだけではありません。インフレの根本原因が需要と供給のミスマッチにあるならば、対策もそれに合わせて考える必要があります。
- 需要を抑える:
- 政府支出を減らす。
- 増税によって民間の手元にあるお金を減らし、購買力を抑える。
- 供給能力を高める:
- 人材育成や技術開発への投資。
- インフラ整備(物流、エネルギーなど)。
- ボトルネックとなっている産業や分野への直接的な支援。
MMTでは、特にインフレの兆候が見られる際に、増税などが需要抑制の有効な手段になりうると考えます。これは、税金が単なる「財源」ではなく、経済全体の需要を調整し、インフレを抑制するための重要なツールである、というMMTの考え方に基づいています。
まとめ
MMTは、インフレを「お金の量が増えすぎた結果」という単純なものではなく、「経済全体でモノやサービスを『買いたい』力(需要)が、『作り出す』力(供給能力)を上回ってしまう状態」によって引き起こされる現象として捉えます。
政府がお金を使うこと自体がインフレの原因なのではなく、政府支出を含むあらゆる要因によって需要が刺激され、その需要が供給能力の壁にぶつかったときにインフレが発生すると考えます。
したがって、MMTにおいてインフレを抑制するために重要なのは、経済の実体、つまりモノやサービスを生産・提供する能力に目を向け、需要と供給のバランスを適切に管理することなのです。次にインフレのニュースを見たときは、単に「お金が増えたから」と考えるのではなく、「今の経済は需要が強すぎるのか?」「それとも何か供給に問題があるのか?」といった視点から考えてみると、MMTのインフレ観がより深く理解できるかもしれません。