MMT入門:デフレはなぜ悪い? MMTが考えるその原因と対策
デフレとは何か? なぜ問題になるのでしょうか
ニュースなどで「デフレ」という言葉を耳にすることがあるかと思います。デフレとは、物価(モノやサービスの価格全体)が継続的に下落していく状態を指します。例えば、毎年同じリンゴの値段が少しずつ安くなっていく、といった状況が経済全体で起きているイメージです。
物が安くなるなら、消費者にとっては嬉しいのではないか? と思われるかもしれません。確かに一時的にはそう感じるかもしれませんが、デフレが長期化したり深刻化したりすると、経済全体にとっては様々な問題が生じます。
- 消費の冷え込み: 物価がさらに下がるだろうと予想すると、人々は「今買わずに待てば、もっと安くなるかもしれない」と考え、買い控えをするようになります。これにより、モノが売れなくなります。
- 企業の収益悪化: モノが売れない、あるいは安く売らざるを得なくなると、企業の売上や利益が減少します。
- 賃金の低下や雇用の悪化: 企業の収益が悪化すれば、従業員の給料を上げることが難しくなったり、最悪の場合はリストラや倒産に至ったりして、雇用情勢が悪化します。
- 借金の負担増加: 物価が下がるということは、お金の価値が相対的に上がることです。給料が上がらない、あるいは下がっていく中で、住宅ローンなどの借金返済の実質的な負担が重くなります。
このように、デフレは単に物価が下がるだけでなく、経済活動全体を縮小させ、人々の暮らしを苦しくする可能性があるため、多くの経済学者や政策担当者によって問題視されています。
それでは、現代貨幣理論(MMT)は、このデフレという現象をどのように捉え、その原因と対策についてどのような考え方をするのでしょうか。
MMTが考えるデフレの原因は「有効需要の不足」
MMTは、デフレの最も根本的な原因は「有効需要の不足」にあると考えます。有効需要とは、単に「欲しい」という気持ちだけでなく、「お金を払ってでも買いたい」という購入能力を伴った需要のことです。
経済全体で、この有効需要が不足している状況とは、モノやサービスを作っても、それを買うためのお金が世の中に十分に行き渡っていない状態を指します。企業はモノやサービスを生産しますが、それを消費者が買う、企業が別の企業から設備を買う、政府が公共事業のために買う、といったお金の流れが滞っているイメージです。
MMTの基本的な考え方では、通貨を発行できる政府は、税金によってその通貨に価値を与え、人々がその通貨を得るために労働や生産活動を行う動機付けを生み出します。(税金については別の記事で詳しく解説しています)。そして、政府は税金という形で通貨を回収しますが、同時に政府自身も通貨を支出することで、経済全体に通貨を供給します。
このお金の流れをイメージしてみてください。政府が「支出」というポンプで経済にお金を供給し、「税金」というポンプで経済からお金を回収しているようなものです。
MMTは、デフレはこの政府の「支出」が、経済全体に必要な「お金の流れ」に対して不十分である、つまり「有効需要」を生み出す力が足りていない状況だと捉えます。人々の消費や企業の投資といった民間の支出だけでは、経済を活発に回すのに十分な需要が生まれていない、そのギャップを埋めるべき政府の支出が追いついていない、と考えるのです。
これを図にすると、経済全体の需要と供給のバランスシートをイメージできます。デフレとは、経済全体が持つ生産能力(供給力)に対して、それを買い取るお金の流れ(需要)が足りていない状態です。そして、この需要不足の大きな要因が、政府支出の不足にあるとMMTは指摘します。
MMTが考えるデフレへの対策:政府による積極的な支出
MMTがデフレを有効需要の不足によるものだと考えるなら、その対策は自ずと見えてきます。それは、政府が積極的に支出を増やし、経済全体の有効需要を創出することです。
例えば、政府が公共事業として道路や橋を整備したり、老朽化したインフラを修繕したりするために支出を増やしたとします。この支出は、建設業者やそこに働く人々の収入になります。収入を得た人々は、そのお金を使って消費をしたり、貯蓄をしたり、投資をしたりします。消費されたお金は、モノやサービスを提供した企業の売上となり、そこで働く人々の収入につながります。このように、政府の支出は経済の様々なところに波及し、お金の流れを生み出し、全体の有効需要を押し上げる効果があります。
公共事業だけでなく、例えば教育や医療、介護といった公共サービスの拡充のために政府が支出を増やすことも、人々の生活を支え、安心して消費や投資ができる環境を作り、間接的に有効需要を支えることにつながります。また、MMTの提唱者の一部が重視する「就業保証プログラム」(希望するすべての人に公共部門で働く機会と賃金を提供する考え方)も、所得を保障することで有効需要の下支えになるだけでなく、人々のスキルアップや社会に役立つ活動を促進する効果も期待できるとされています。
MMTの視点から見ると、これらの政府支出を増やす際に、「財源をどこから持ってくるか」という議論は、主権通貨を発行できる政府にとっては本質的な制約ではありません。政府が必要な通貨は、支出することによって自ら生み出すことができるからです。(これについても別の記事で詳しく解説しています)。
MMTがデフレ対策として重視するのは、財源の心配よりも、支出を増やすことによって経済に十分な需要が生まれるか、そしてそれによって経済全体のリソース(人、技術、設備など)が有効に活用されるか、という点です。デフレ期は、これらのリソース、特に人が十分に活用されていない失業や不完全雇用が多い状況です。政府支出によって需要が増えれば、企業は生産を増やし、そのためにもっと人を雇うようになります。これは、デフレによって冷え込んでいた経済を活性化させることにつながりますと考えます。
ただし、政府の支出には上限がないわけではありません。MMTが考える本当の制約は、「インフレーション」です。経済の供給能力を超えるほど需要が過熱すると、モノ不足などが発生し、物価が急激に上昇するインフレが起きる可能性があります。したがって、デフレ対策として政府支出を増やす際には、インフレを起こさない範囲で、つまり経済が持つ供給能力に余裕がある範囲で行うことが重要だと考えます。
まとめ:デフレ克服には「使える」政府の力が鍵
MMTは、デフレを経済全体の有効需要が不足している深刻な状態と捉えます。そして、その原因は、通貨発行権を持つ政府の支出が不十分であること、つまり経済が必要とするお金の流れを作り出せていない点にあると指摘します。
デフレを克服するためには、財源の制約を気にすることなく、政府が積極的に支出を増やし、経済のすみずみにまでお金を行き渡らせることで、人々の購買力や企業の活動資金を増やし、有効需要を創出することが最も効果的な対策であると考えます。重要なのは、インフレを引き起こさないように、経済の供給能力を見ながら適切な規模で支出を行うことです。
従来の経済学では、デフレ対策として金融政策(金利の操作や量的緩和など)も重視されますが、MMTは、金利をゼロに近づけても投資や消費が増えない「流動性の罠」の状態では、財政政策(政府の支出)がより効果的であると考える傾向があります。
デフレからの脱却を目指す上で、MMTの考え方は、政府の役割や財政政策の可能性について、従来の常識とは異なる新たな視点を提供してくれます。