MMT入門:すべての人が働ける社会へ? MMTの就業保証プログラムとは
MMTが目指す「完全雇用」を実現する具体的な方法とは?
これまでの記事で、現代貨幣理論(MMT)の基本的な考え方について、いくつか触れてきました。例えば、主権通貨を発行できる政府には、通貨建ての財政支出には通貨それ自体の制約がないこと、そして財政の本当の制約は「インフレ」や「供給能力」であること、そして税金は財源のためではなく、通貨への需要を生み出したり、インフレを抑制したりするためにあることなどです。
こうしたMMTの考え方を踏まえると、政府は通貨発行能力を活かして、経済の目標である「完全雇用」を目指すべきだと考えられます。ここで「完全雇用」とは、働きたいと思うすべての人が仕事に就ける状態を指します。
しかし、「政府がお金を使えば良い」と言われても、「具体的に何に使うの?」「どうすればすべての人が仕事に就ける状態が実現できるの?」といった疑問が湧くかもしれません。
MMT論者が完全雇用を実現するための具体的な政策手段として提唱しているのが、「就業保証プログラム(Job Guarantee Program:JGP)」です。この記事では、この就業保証プログラムがどのような考え方に基づいているのか、そしてそれがどのように機能するのかを分かりやすく解説します。
就業保証プログラム(JGP)とは何か?
就業保証プログラム(JGP)は、簡単に言えば「政府が、働きたいと願うすべての市民に仕事を提供するプログラム」です。これは、政府が最終的な雇用主(Employer of Last Resort)となることを意味します。
景気が悪化して民間の雇用が減ったり、スキルや経験が合わずに仕事が見つからなかったりする人がいたとしても、政府が用意したプログラムに参加すれば、仕事に就いて賃金を得ることができます。これは、失業状態をなくし、働きたいという意欲を持つ人を社会全体で支える仕組みと言えます。
従来の失業対策としては、失業手当を給付したり、ハローワークで就職支援を行ったりすることが主流でした。しかし、JGPは単に収入を補償するだけでなく、「仕事そのもの」を提供する点で大きく異なります。
JGPはどのように機能するのか?
JGPは、単に仕事を提供するだけでなく、経済の安定化にも寄与する仕組みとして考えられています。
1. 雇用バッファとしての機能
景気が良い時には民間の雇用が増えるため、JGPに参加する人は減ります。逆に景気が悪くなり、民間での仕事が見つけにくくなると、JGPに参加する人が増えます。これは、景気の変動に合わせて、JGPが労働者を吸収したり放出したりする「雇用バッファ」として機能することを意味します。
図をイメージしてみてください。景気の波に合わせて、民間部門の雇用が増減します。JGPは、その波の下の部分(失業)を埋めるように機能します。これにより、全体の雇用が安定しやすくなります。
2. 賃金・物価の安定化機能
JGPで提供される仕事の賃金は、生活できる最低限のレベルに設定されることが想定されています。この賃金が、経済全体の最低賃金の基準となり得ます。
- デフレ(物価下落)対策: JGPによってすべての働きたい人に仕事と収入が行き渡ることで、全体の購買力が維持され、デフレ圧力を抑える効果が期待できます。
- インフレ(物価上昇)抑制: JGPの賃金が比較的低く設定されているため、民間企業が労働者を募集する際には、JGPの賃金よりも高い賃金を示す必要があります。これにより、過度な賃金上昇競争が起こりにくくなり、コストプッシュ型インフレ(コスト上昇による物価上昇)を抑制する効果も期待されます。また、景気が過熱してインフレリスクが高まった場合、JGPから民間への労働力の移動がスムーズに行われることで、労働力不足によるインフレを抑える助けにもなると考えられています。
3. 自動安定化装置としての機能
景気が悪くなるとJGPへの参加者が自動的に増え、政府の支出(人件費)が増加します。これにより、需要が落ち込む局面で政府支出が増えるため、景気の落ち込みを和らげる効果があります。逆に景気が良くなるとJGPへの参加者が減り、政府支出が抑制されます。これは、景気変動に対して自動的に財政が調整される「自動安定化装置」として機能すると考えられます。
JGPで提供される仕事とは?
JGPで提供される仕事は、民間部門と競合せず、社会的に有用な仕事が想定されています。例えば、以下のような分野です。
- インフラの維持・補修(公園の清掃、道路の補修補助など)
- 教育補助(学校でのサポート業務など)
- 介護・福祉補助
- 環境対策(植樹、リサイクルの支援など)
- 文化・芸術活動の支援
これらの仕事は、現在の市場メカニズムだけでは十分に供給されない公共財やサービスに関わるものが多く、JGPを通じて社会全体の厚生を高めることにつながると考えられています。
JGPが目指すもの
MMTにおける就業保証プログラムは、単に失業者をなくすだけでなく、以下のようないくつかの重要な目標を目指しています。
- 完全雇用の実現: 働きたいすべての人に仕事を提供するという、MMTの核心的な目標です。
- 経済の安定化: 雇用と賃金の安定化、そして自動安定化装置としての機能により、景気変動の波を和らげます。
- 人的資本の維持・向上: 失業状態が続くと、スキルが陳腐化したり、働く意欲が低下したりする可能性があります。JGPは、働く機会を提供することで、個人のスキルや経験を維持・向上させる手助けとなります。
- 社会的な課題の解決: JGPで提供される仕事を通じて、地域社会のニーズに応える様々なサービスを提供できます。
まとめ
就業保証プログラム(JGP)は、MMTの基本的な考え方である「主権通貨国の政府は通貨発行能力を持ち、インフレにならない範囲で財政支出を行うべき」という考えに基づいた、完全雇用と経済の安定化を目指す具体的な政策提案です。
政府が最終的な雇用主となり、働きたいすべての人に社会的に有用な仕事を提供することで、失業をなくし、景気変動を和らげ、社会全体の厚生を高めることを目的としています。
JGPの具体的な設計や実施には、どのような仕事を用意するのか、民間雇用とのバランスをどう取るのかなど、さらに詳細な議論が必要となります。しかし、これはMMTが描く「お金の制約にとらわれずに、社会的な目標(例えば完全雇用)を追求する」という経済政策の一つの具体的な姿を示していると言えるでしょう。
MMTの考え方を理解する上で、この就業保証プログラムは、政府の財政能力を単なるバラマキではなく、どのように社会的な課題解決に結びつけようとしているのかを示す重要な視点を提供してくれます。