MMT入門解説ナビ

MMT入門:国の借金はなぜ「将来世代への負担」にならないのか?

Tags: MMT, 国の借金, 国債, 将来世代, 財政, 経済学入門

経済ニュースなどで、「国の借金が増えると、将来世代にツケが回る」「子供や孫の世代に負担を押し付けることになる」といった言説を耳にすることがあります。この考え方は、多くの方が抱く自然な感覚かもしれません。私たちの家計で借金が増えれば、いずれ返さなければならず、それが将来の自分や家族の負担になるのと同じように感じられるからです。

しかし、現代貨幣理論(MMT)は、この「国の借金が将来世代の金銭的な負担になる」という考え方に対して、異なる視点を提供します。それは一体なぜなのでしょうか。

国の財政と家計は根本的に違う

MMTを理解する上で最も重要な出発点の一つは、「自国通貨を発行できる政府の財政は、私たちの家計や企業とは根本的に違う」という点です。

私たちの家計は、収入(給料など)を得て、その範囲で支出を行う必要があります。もし収入以上に支出するなら、借金をする必要があり、その借金は将来の収入から返済しなければなりません。収入が途絶えたり、返済能力を超えたりすれば、破綻する可能性があります。

一方で、日本のような自国通貨(円)を発行できる政府は、家計とは異なり、通貨の供給者です。政府は、必要な支出を行うために、自ら通貨を生み出すことができます。国債を発行して資金を調達する場合でも、それは政府が自国通貨建ての債務を負うということになります。

国債の「返済」は難しくない?

「国の借金(国債)は将来返済しなければならないから、その時の世代が負担するのだ」という考え方があります。しかし、MMTは、自国通貨建ての国債の「返済」(正確には「償還」と言います)は、通貨発行権を持つ政府にとっては、原理的に難しいことではないと説明します。

国債が償還期限を迎えたとき、政府は新しい国債を発行して借り換えを行ったり、あるいは単純に中央銀行の当座預金に存在する政府の資金(これも突き詰めれば政府が作り出した通貨です)を使って支払ったりすることができます。これは、政府が自ら通貨を生み出す、あるいはコントロールできる立場にあるからです。

例えば、あなたが作ったゲーム内通貨を、あなたが発行した「ゲーム内借用書」の返済に使うようなものです。あなたが通貨の発行者である限り、その借用書をあなたの通貨で返済すること自体に困ることはありません。もちろん、現実の経済はゲームほど単純ではありませんが、通貨発行権を持つ政府の仕組みを理解する上での一つのイメージとして捉えてみてください。

これを図解でイメージするなら、政府から民間へ「お金」と「国債」が同時に流れる(政府支出や借り換え)、そして将来、民間から政府へ「国債」が戻り、政府から民間へ「お金」が流れる(償還)という循環です。このお金の流れ自体は、特定の世代からお金を「奪う」という性質のものではないとMMTは考えます。

国債は「国民の資産」でもある

さらに、国債は国の「負債」であると同時に、それを購入して保有している家計や企業、銀行などにとっては「資産」です。国の借金が増えるということは、そのまま民間の金融資産が増えることでもあります(もちろん、誰が国債を保有しているかによって話は複雑になりますが、マクロ経済全体で見るとそういう側面があります)。

これを「政府の赤字は民間の黒字」という有名な恒等式として表現することもあります。政府が支出を増やす(=赤字になる)ことは、その支出を受け取る民間部門の所得や貯蓄を増やすことにつながる、という関係性です。

国債という形で資産を保有している将来世代が、その国債の償還を受ける際に、それが金銭的な「負担」になる、というのは直感的ではありません。むしろ、償還によってその世代の金融資産が(国債から預金などの形に)変わるだけ、と捉えることができます。

MMTが考える「本当の将来世代への負担」とは?

では、MMTは将来世代への「負担」という考え方を完全に否定するのでしょうか?そうではありません。MMTが重視するのは、金銭的な借金そのものではなく、実体経済的な負担です。

MMTが考える将来世代への本当の負担とは、以下のようなものです。

これらの問題は、金銭的な借金とは異なり、将来世代が実際に直面し、解決するために多大な時間、労力、そして実体的な資源を費やさなければならない課題です。劣化したインフラの修繕や、荒廃した環境の回復には、お金だけでなく、多くの労働力や資材が必要です。これこそが、将来世代にとっての「本当の負担」であるとMMTは考えるのです。

まとめ

MMTの視点では、自国通貨を発行できる政府の借金(国債)は、通貨発行権を持つ政府にとって金銭的な返済能力の制約にはなりません。したがって、国の借金そのものが、自動的に将来世代の金銭的な負担になるわけではないと考えます。

MMTが本当に懸念するのは、政府が必要な支出(公共投資など)を「借金が増えるから」といった理由でためらい、結果としてインフラの老朽化、環境問題の深刻化、人的資本の育成不足などが進み、将来世代が利用できる実体的な資源や社会の生産能力を損なってしまうことです。これこそが、将来世代への本当の「ツケ」であり、「負担」であるとMMTは指摘しています。

したがって、MMTは、政府は金銭的な制約を過度に心配するのではなく、インフレにならない範囲で、将来世代のために必要な公共投資や社会的な課題の解決に向けて積極的に支出を行うべきだと考えます。それが、将来世代に豊かな実体経済を引き継ぐための道である、というわけです。


この記事では、MMTが国の借金と将来世代の負担についてどのように考えるか、その基本的な視点をご紹介しました。MMTには様々な論点があり、これだけで全てを理解することはできませんが、ニュースなどで耳にする機会が多い「国の借金」について、MMTがどのようなユニークな視点を提供しているのか、その一端を感じ取っていただけたら幸いです。