MMT入門:政府はお金を無限に使える? MMTが考える「使えるお金」の本当の制約
政府はお金を無限に使えるのか? MMTへの素朴な疑問
「国がお金を発行できるなら、いくらでもお金を使えるのではないか?」
現代貨幣理論(MMT)について耳にした方が、しばしば抱かれる疑問の一つです。国の財政赤字や借金がニュースになるたびに、「もっとお金を使えば景気が良くなるのでは?」「でも、それは無限にできることなのか?」と疑問に思われるかもしれません。
従来の経済学では、政府の支出には「財源」が必要であり、税金や国債発行で賄うべきだと考えられています。そのため、支出を増やせば、いずれ税金で回収するか、借金を返済する必要がある、つまり政府の財政にも限界がある、とされています。
しかし、MMTは国の財政を全く異なる視点で見ます。自国の通貨を発行できる国は、家計のように収入(税金など)がなければ支出できない、という制約はないと考えます。では、MMTでは政府は本当にお金を「無限に使える」と考えているのでしょうか? MMTが考える「使えるお金」の本当の制約とは一体何なのでしょうか。
MMTが考える「政府がお金を使う」ということ
まず、MMTの基本的な考え方をおさらいしましょう。自国の通貨を発行する政府(主権通貨国)は、通貨の供給者です。政府がお金を使うとき、それは既存のお金を使っているのではなく、新しいお金を「発行」している、あるいは創造していると捉えます。これは、私たちの家計が、稼いだ収入の範囲でお金を使うのとは根本的に異なります。政府の支出は、銀行のシステム上の数字を増やすことで行われ、これが経済全体にお金として供給される入り口の一つとなります。
この考え方に基づけば、政府は技術的にはいくらでも通貨を発行し、支出を行うことができます。しかし、これは「無限にお金を使える」ということと同義ではありません。MMTは、確かに通貨の発行能力には物理的な限界はないと考えますが、政府支出には別の、より重要な制約があると主張します。
MMTが最も重視する「本当の制約」:インフレーション
MMTが政府支出の最も重要な制約として挙げるのは、「インフレーション(物価上昇)」です。
政府が支出を増やし、経済にお金がたくさん供給されたとします。このお金は、人々の所得となり、企業の売上となります。もし経済全体に十分な「もの」や「サービス」、そして「人手(労働力)」といった供給能力の余裕があるならば、政府支出の増加は需要を生み出し、失業者を減らし、生産を活性化させ、経済を成長させることにつながります。この段階では、お金が増えても、それに見合う供給が増えるため、急激な物価上昇は起きにくいと考えられます。
しかし、経済がフル稼働に近づき、これ以上生産を増やしたり、新しい働き手を簡単に見つけたりすることが難しくなってきた状況で、さらに政府が支出を増やし続けた場合どうなるでしょうか。お金はたくさんあるのに、市場に出回る「もの」や「サービス」の量はそれ以上増えません。需要が供給を大きく上回る状況になり、これは物価の上昇圧力となります。これがインフレーションです。
MMTは、政府支出の限界は、このインフレが加速し始めるポイントにあると考えます。つまり、政府が「使えるお金」の上限は、経済の供給能力によって決まるのです。供給能力の限界を超えて政府が支出を続けると、お金だけが増えて物の供給が追いつかず、インフレが悪化するというのがMMTの主張です。
これを図にすると、政府支出が需要を生み出し、供給能力に余裕がある間は経済が拡大しますが、供給能力の天井に近づくと、それ以上の支出は供給を増やさず、物価だけを押し上げる、というイメージです。
インフレ以外の制約はあるのか?
MMTはインフレを主要な制約としますが、他にも制約は存在します。
一つは、法的な制約です。政府がどのような目的で、どのようにお金を使うか、また税金をどのように徴収するかといったことは、法律や制度によって定められています。例えば、予算の承認プロセスや、政府債務に関する法律などです。ただし、これらの制約は国民的な合意や政治的な意思決定によって変更することが可能です。インフレという経済的な実物的な制約とは性質が異なります。
また、政治的な制約も大きいでしょう。政府が大規模な支出を行うには、国民や議会の理解と支持が必要です。どのようなプロジェクトにどれだけお金を使うか、その優先順位はどうするかといった決定は、経済学的な分析だけでなく、社会的な合意形成のプロセスを経る必要があります。
しかし、MMTが強調するのは、これらの法的な制約や政治的な制約は、政府の通貨発行能力そのものを制限するものではなく、あくまでその行使方法に関する制約であるという点です。通貨発行能力の技術的な上限は、実質的には存在しないが、経済が健全に機能するための実物的な制約、すなわちインフレの発生という形で上限が現れる、というのがMMTの考え方です。
まとめ:MMTは無制限な支出を容認しているわけではない
MMTは、政府が自国通貨建てで支出を行う際に、家計のような「財源」の制約はないと考えます。しかし、これは「政府は無限にお金を使える」という意味では決してありません。
MMTが考える政府支出の「本当の制約」は、インフレーションです。経済の供給能力(もの、サービス、労働力など)には限りがあり、政府支出がその限界を超えて需要を増やしすぎると、物価が上昇してしまいます。MMTは、政府支出はこのインフレが発生しない範囲で行われるべきだと考えます。
したがって、MMTは、財政の健全性を測る指標として、財政赤字の大きさや政府債務残高ではなく、インフレ率や経済の供給能力に注目すべきだと提言します。そして、インフレを抑制するために、政府は支出を調整したり、税金を通じて経済からお金を回収したりといった手段を用いることができると考えます。
MMTの考え方は、従来の経済観念とは大きく異なりますが、「政府は無限にお金を使える」という単純な話ではなく、供給能力という実物的な限界と、それに伴うインフレという現象を最も重要な制約と見なしていることを理解することが、MMTへの第一歩となります。