MMT入門：銀行と政府、お金を生み出すのはどっち？ その仕組みの違い
お金はどこから来るのだろうか？ 銀行と政府の役割
私たちは日々お金を使って生活しています。給料を受け取り、買い物をして、公共料金を支払う。ごく当たり前のことのように思えますが、「そもそも、このお金は一体どこから生まれてくるのだろう？」と考えたことはありますでしょうか。
かつては、金貨や銀貨といった貴金属そのものがお金でした。しかし、現代のお金は、私たちの財布にあるお札や硬貨はもちろんのこと、銀行口座の数字、つまり「データ」としての側面が非常に大きくなっています。
現代の経済では、お金を生み出す主体として、主に「銀行」と「政府（中央銀行を含む）」が存在します。これらの主体が、それぞれ異なる仕組みでお金を生み出していると、MMT（現代貨幣理論）は考えます。
今回は、MMTの視点から、銀行と政府のお金の生まれ方について、その仕組みの違いを分かりやすく解説していきます。
銀行が行う「信用創造」の仕組み
まず、私たちにとって身近な銀行が行う「信用創造」について見ていきましょう。
銀行は、私たち個人や企業から預金を受け入れ、その預金の一部を準備金として残し、残りを別の個人や企業に貸し出します。この「貸し出し」の際に、新しい預金が生まれる、というのが信用創造の基本的な考え方です。
例えば、あなたが銀行に100万円を預金したとします。銀行は、この100万円をそのまま貸し出すわけではありませんが（準備預金制度などがあります）、仮に法定準備率などを考慮しない単純な例で考えてみましょう。銀行があなたの預金の一部（例えば90万円）を、別の誰か（Aさん）に貸し出したとします。この貸し出された90万円は、Aさんの銀行口座に振り込まれることが一般的です。
するとどうなるでしょうか。
- あなたの口座には「預金100万円」が存在します。
- Aさんの口座には「預金90万円」が存在します。
もともとあなたの100万円しかなかったはずなのに、銀行の貸し出しによって、社会全体で見ると「預金」という形のお金が90万円分増えたことになります。このAさんがさらにその90万円を使い、受け取ったBさんがまた銀行に預け、銀行がまた貸し出す…というプロセスが繰り返されることで、預金通貨の総額はどんどん増えていきます。
これは、まるで預金が預金を生むかのように見えるため、「信用創造」と呼ばれています。つまり、銀行は「貸し出し」という行為を通じて、新しい預金通貨（銀行口座の数字）を生み出しているのです。図にすると、銀行が企業や個人に矢印（貸し出し）を向けることで、企業や個人の預金口座に新しい預金が生まれるイメージです。
ただし、銀行の信用創造には限界があります。銀行は、中央銀行に一定の準備預金を積む必要があったり、貸し出し先の返済能力を考慮したり、自己資本の規制があったりするため、無制限にお金を生み出せるわけではありません。
MMTが考える政府のお金の生まれ方
次に、MMTが重要視する政府（特に通貨発行権を持つ中央銀行と一体となった政府）のお金の生まれ方について見ていきましょう。MMTは、政府がお金を使う（支出する）ことによって、新しいお金が生まれると考えます。
先ほどの銀行の例のように、誰かがどこかに貯めたお金を集めてから使う、というイメージとは異なります。通貨発行権を持つ政府は、支出を行う際に、いわば何もないところから（現代ではコンピューターシステム上の操作として）通貨を生み出し、それを支払いに充てることができる、とMMTは指摘します。
例えば、政府が公共事業のために建設会社に1億円を支払う場合を考えます。
- 政府は支払いを決定します。
- 政府は日本銀行（中央銀行）にある自身の口座から、建設会社の日本銀行にある口座（あるいは建設会社が取引する民間銀行を通じて）へ、1億円を送金するよう指示します。
- この送金処理によって、日本銀行のシステム上で、建設会社の口座に「1億円」という数字が記録されます。
このプロセスで重要なのは、政府がこの1億円を支払うために、事前に誰かから税金として集めたり、国債を発行して借りたりしたお金を使う必要はない、とMMTが考える点です。政府は通貨の発行者として、支出という行為そのものによって、新しい通貨を生み出しているのです。
この生み出された1億円は、建設会社の収入となり、その従業員の給料や資材の支払いに使われ、経済の中を循環していきます。そして、このお金が民間銀行に預金されることで、私たちの銀行口座にも現れることになります。
図にすると、政府が中央銀行に指示を出し、中央銀行が民間銀行を経由して、企業や個人の口座に矢印（支出）を向けることで、新しい預金が生まれるイメージです。これは、銀行が「貸し出し」で預金を生むのに対し、政府は「支出」で預金を生む、と捉えることができます。
銀行と政府のお金創造の決定的な違い
銀行の信用創造と政府のお金の生まれ方の、MMTにおける決定的な違いは何でしょうか。
それは、「お金を生み出す際の制約」です。
- 銀行: 銀行は、預金という既存のお金や、中央銀行に積む準備預金、自己資本の規制などを考慮しながら貸し出しを行い、信用創造を行います。つまり、既存の通貨システムの中で、お金を「増幅」させる役割を担っていると言えます。
- 政府: 通貨発行権を持つ政府（中央銀行）は、自身が発行する通貨そのものを生み出すことができます。支出を行う際に、誰かから集めたお金を使う必要はなく、原理的には支出額に応じて新しい通貨を生み出すことができる、とMMTは考えます。
もちろん、政府も無制限に支出できるわけではありません。しかし、その制約は「お金が足りなくなること」ではなく、「支出によってインフレーションが起きること」など、実物資源や物価に関する制約である、というのがMMTの核心的な主張の一つです。この「財源としての通貨の制約がない」という点が、MMTが従来の経済学と大きく異なる視点を持つ理由となります。
まとめ
現代経済におけるお金の生まれ方には、主に「銀行の信用創造」と「政府の支出（貨幣発行）」という二つの経路があります。
銀行は、既存の預金を基に貸し出しを通じて新たな預金（信用創造）を生み出します。一方、MMTは、通貨発行権を持つ政府が支出を行うこと自体が、税収などの「財源」に関係なく新しい通貨を生み出す行為であると考えます。
この政府によるお金の生まれ方に関するMMTの視点は、「国の財政は家計とは違う」「国の借金は問題ない」といった、従来の経済観念とは異なる様々な主張の基礎となっています。お金がどこから来て、どのように私たちの手に渡るのか、その仕組みを理解することは、MMTを理解する上での第一歩と言えるでしょう。