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MMT入門:政府支出があなたの預金になる? フローとストックで見るお金の流れ

Tags: MMT, 政府支出, 銀行預金, フローとストック, 財政

はじめに:政府のお金はどこへ行く?あなたの預金との関係

経済ニュースを見ていると、「政府が〇〇事業に予算を計上した」「国の財政赤字が過去最大になった」といった言葉をよく耳にするかと思います。政府がお金を使うとき、そのお金は一体どこから来て、そして最終的にどこへ行くのでしょうか。そして、それは私たちの家計や銀行預金と、どのように関係しているのでしょうか。

多くの方は、「政府は税金を集めてからお金を使う」あるいは「国の借金が増えると、いずれ国民が負担しなければならない」と考えているかもしれません。しかし、現代貨幣理論(MMT)の視点から見ると、政府がお金を使う仕組みや、それが経済全体に与える影響は、私たちが想像しているものとは少し違います。

この記事では、MMTが考える「政府支出」と「銀行預金」の関係を、「フロー」と「ストック」という考え方を使って分かりやすく解説します。この二つの概念を理解することで、経済の中でお金がどのように循環し、なぜ政府の財政赤字が必ずしも悪いことではないのか、その理由がよりクリアになるはずです。

フローとストックを理解する:お風呂の水を例に

まず、「フロー」と「ストック」という言葉の意味を整理しましょう。難しく考える必要はありません。身近な例として、お風呂にお湯を溜める状況を想像してみてください。

つまり、フローは「流れ込む量」ストックは「溜まっている量」とイメージしてください。蛇口(フロー)から流れ込むお湯が多いほど、浴槽に溜まるお湯(ストック)は増えていきます。逆に、排水口(フロー)から流出する量が多ければ、浴槽のお湯(ストック)は減ります。

経済におけるフローとストック:政府支出とあなたの預金

このフローとストックの考え方を、経済に当てはめてみましょう。

MMTが指摘する重要な点の1つは、政府の支出という「フロー」が、民間部門(企業や家計)の収入という「フロー」になり、最終的に民間部門の資産という「ストック」を増やすということです。

これを先ほどのお風呂の例に重ねてみます。

【お風呂の例】 蛇口(政府支出というフロー)からお湯(お金)が流れ込む ↓ 浴槽(経済全体)にお湯が溜まる(お金が流通する) ↓ 排水口(税金など、後述)からお湯が出ていくこともある

【経済の例:MMTの視点】 政府が支出する(政府支出というフローが生まれる) ↓ その支出は、政府から支払いを受けた民間企業や個人の収入になる(民間部門の収入というフローが生まれる) ↓ 民間企業や個人はその収入を消費したり貯蓄したりする ↓ 貯蓄された部分は、銀行預金などの資産として溜まっていく(民間部門の資産というストックが増える)

これを簡単な図でイメージしてみましょう。

[政府] --支出(フロー)--> [民間部門(企業・家計)] --収入(フロー)--> [民間部門の資産(ストック)]
                                                      |
                                                      |--消費(フロー)--> [企業などの売上(フロー)]
                                                      |
                                                      |--納税(フロー)--> [政府]

(図解をイメージする表現として上記の簡易的な矢印を使用しています)

政府が新しく100億円を支出し、それがすべて民間部門の誰かの収入になったとします。この100億円は民間部門の収入フローとなり、もしそのうち50億円が貯蓄されたとすれば、民間部門全体の預金や資産というストックが50億円増えることになります。(残りの50億円が消費されたとしても、その消費は別の民間企業の売上というフローになり、最終的には誰かの収入・貯蓄につながります。)

このように、政府の支出は、直接的あるいは間接的に、民間部門の収入を増やし、最終的には民間部門の資産(ストック)を増やす源泉となるのです。

政府の赤字と民間の黒字:フローとストックの必然的な関係

MMTの有名な主張の一つに、「政府の赤字は、民間の黒字である」というものがあります。これは、経済全体をいくつかの部門(例えば、政府部門、民間部門、海外部門)に分け、それぞれの貯蓄(あるいは借金)の合計は常にゼロになるという、会計上の恒等式に基づいています。

特に、政府部門と民間部門の二つだけで経済を考えると、 政府部門の貯蓄 + 民間部門の貯蓄 = 0 という関係が常に成り立ちます。

この関係を、先ほどのフローとストックの考え方で見てみましょう。

政府が支出(フロー)を増やし、税収(フロー)が追いつかない状態が「政府の赤字」です。これは、政府が経済全体にお金を供給するフローの量が、回収するフローの量よりも多いことを意味します。この「供給過多」となったお金は、どこに行くのでしょうか?

それは、民間部門に流れ込み、民間部門の収入(フロー)となり、最終的には民間部門の預金や資産(ストック)として蓄積されます。つまり、政府が赤字(マイナスの貯蓄フロー)を出すということは、その分だけ民間部門がプラスの貯蓄フローを受け取り、その結果として民間部門の資産ストックが増えるということなのです。

政府の赤字は、民間部門から見れば収入の増加や資産の増加という形で「黒字」として現れる、という会計上の事実を示しているのがこの恒等式であり、その背後には政府支出というフローが民間資産というストックを増やすメカニズムがあるのです。

国の借金(国債)とあなたの預金ストック

この考え方に基づくと、政府が財源がないからといって国債を発行し、借金が増えるという状況も、MMTの視点では少し違って見えてきます。

現代の不換紙幣制度では、政府(正確には政府と中央銀行)は自国通貨を発行する能力を持っています。政府が支出をする際、必ずしも事前に税金を集めたり、国債を発行して資金調達したりする必要はありません。技術的には、中央銀行の当座預金にお金を作り出し、そこから支出することができます。

しかし、実際には国債が発行されています。これは、政府支出によって増えすぎた民間の銀行預金(ストック)を、利子付きの国債という別の形(ストック)に変換する、あるいは、金利を安定させるための手段として行われている、とMMTは考えます。

あなたが国債を購入するということは、銀行預金という資産(ストック)を減らし、国債という別の資産(ストック)に置き換えることです。民間部門全体の資産ストックの合計額は変わりません。しかし、政府が新規に支出をして、それがあなたの預金になった後で、その預金であなたが国債を買ったとすれば、それは政府支出というフローによって増えたあなたの資産ストックを、預金から国債に移し替えた、ということになります。

さらに重要なのは、政府の借金(国債残高)は、民間部門が保有する国債という資産(ストック)の裏返しであるという点です。政府の負債ストックが増えるということは、同時に民間部門の資産ストックが増えていることを意味します。

国の借金が増えているからといって、それが直接、国民一人ひとりの負担(例えば増税など)にすぐにつながるわけではありません。政府の借金は、民間が持つ資産の一部であり、フローとストックの関係の中で捉え直す必要があるのです。

まとめ:フローとストックで理解するMMTの視点

この記事では、フローとストックという概念を使って、政府支出が経済にお金を供給し、それが民間部門の資産(特に銀行預金)を増やす仕組みをMMTの視点から解説しました。

MMTの重要なポイントは、政府の支出というフローが、民間部門の収入というフローを生み出し、最終的に民間部門の資産というストックを増加させる、というお金の流れを重視することです。そして、政府の赤字(政府部門のマイナスの貯蓄フロー)は、会計上必ず民間部門の黒字(民間部門のプラスの貯蓄フロー、すなわち資産ストックの増加)と対応するという関係性を理解することです。

国の借金が増えることも、政府の負債ストックが増えることですが、それは同時に民間部門の資産ストックが増えていることの反映です。政府が自国通貨建てで借金をしている限り、その返済に困る技術的な問題はなく、真の制約はインフレや実体経済の資源の制約にあるとMMTは考えます。

フローとストックの視点を持つことで、経済ニュースや政府の財政に関する議論を、より深く、そしてMMT的な視点から理解するための一歩となるでしょう。

さらに学ぶには

MMTには、税金の役割、インフレのメカニズム、就業保証プログラムなど、他にも多くの重要な論点があります。これらの点についても、MMT入門解説ナビでは分かりやすく解説していく予定です。引き続き、本サイトの記事をご覧ください。