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MMT入門:プライマリーバランス黒字化は本当に必要? MMTの視点

Tags: MMT, プライマリーバランス, 財政, 財政赤字, 国の借金, 経済目標, インフレ

ニュースで聞く「プライマリーバランス」とは?

経済ニュースを見ていると、「プライマリーバランス」や「プライマリーバランス黒字化目標」といった言葉を耳にすることがあるかと思います。国の財政状況を示す指標として重要視され、「これを達成しないと国の財政は危ない」「将来世代に負担を残してしまう」といった文脈で語られることが多いようです。

では、このプライマリーバランスとは一体何なのでしょうか?そして、なぜその黒字化が目標とされるのでしょうか?

簡単に言うと、プライマリーバランスとは、国の収入(税収など)から、国の支出のうち借金(国債)の元利払いを除いたものを差し引いた収支のことです。

つまり、プライマリーバランスが黒字であれば、その年の税収などで借金の返済を除く普段の国の活動にかかる費用が賄えている状態です。逆に赤字であれば、賄いきれておらず、さらに借金を増やさないとやりくりできない状態、ということになります。

なぜプライマリーバランス黒字化が目標とされるのか?(従来の考え方)

従来の経済学や財政の考え方では、プライマリーバランスを黒字にすることが重要だと考えられています。その主な理由は、国の借金である国債の残高を増やさないようにするためです。

イメージしてみてください。もしプライマリーバランスが毎年赤字だと、その赤字分を補填するために国は借金(国債発行)を続ける必要があります。これが続けば、国の借金はどんどん増えていきます。借金が増えれば、その返済にかかる費用(国債費)も増え、将来の財政を圧迫すると懸念されるのです。

この考え方は、私たち個人の家計に例えられることがよくあります。「収入の範囲内で生活し、借金はなるべくしない、借金するとしても将来返せる範囲で」という感覚に似ているため、多くの方にとって直感的に理解しやすいかもしれません。プライマリーバランス黒字化は、いわば「国の家計を健全にするための目標」として位置づけられていると言えます。

MMTはプライマリーバランスをどう考えるか?

ここで、現代貨幣理論(MMT)の視点から見てみましょう。MMTでは、プライマリーバランスの黒字化を目標とすることについて、従来の考え方とは全く異なる視点を持っています。

MMTの基本的な考え方では、自国通貨を発行できる政府(主権通貨国)は、資金繰りに困ることはないとされます。これは、政府が必要な支出をする際に、自分で通貨を発行して支払うことができるからです。あたかも、銀行預金口座に数字を入力するかのように、政府は支出に必要な通貨を生み出すことができます。このため、政府が財源を確保するために、税収や借金(国債発行)に頼らなければならない、という考え方とは根本的に異なります。

この前提に立つと、プライマリーバランスの赤字が即座に「国の借金が返せなくなる」といった資金繰りの問題につながる、という従来の懸念は、MMTでは当てはまりません。政府は通貨発行能力を持つため、資金が尽きてデフォルト(債務不履行)に陥ることは考えにくい、というのがMMTの主張です。

したがって、MMTではプライマリーバランスの黒字・赤字それ自体を、財政運営の最も重要な目標とすることは意味がないと考えます。

MMTが重視する「本当の制約」

MMTが財政運営で最も重視するのは、資金繰りの問題ではなく、「実物資源の制約」と「インフレ」です。

国の経済の規模は、利用できる労働力、技術、設備、自然資源といった「実物資源」によって制約されます。政府が通貨を発行して支出を増やすことで、これらの実物資源をより多く活用し、経済活動を活性化させることは可能です。例えば、失業者が多く存在する場合、政府が仕事(公共事業など)を提供することで、これらの人々が働き、経済全体の生産力を向上させることができます。これは、眠っている労働力という実物資源を有効活用している状態です。

しかし、経済がすでに持っている実物資源を最大限に活用している「完全雇用」に近い状態にあるにも関わらず、政府がさらに大きな支出を行おうとするとどうなるでしょうか? 利用できる労働力や設備はもうほとんど残っていませんから、政府の支出は、民間の経済活動に必要な資源と競合することになります。これにより、資源の価格や賃金が上昇しやすくなり、物価全体が上がる、すなわちインフレが発生しやすくなります。

MMTでは、インフレこそが、政府の支出に対する「本当の制約」だと考えます。政府の支出は、インフレを引き起こさない範囲で行われるべきであり、財政運営の目標は、プライマリーバランスの黒字化ではなく、インフレを適切に抑制しながら、完全雇用を達成し、経済の安定と発展を図ることにある、と主張します。

まとめ:目標とすべきは何か

このように、MMTでは、従来の財政目標であるプライマリーバランス黒字化は、自国通貨を発行できる政府にとっては資金繰りの制約を示すものではないため、絶対的な目標とする必要はないと考えます。

むしろ、財政運営の目標は、通貨発行能力を活用して、インフレという「実物的な制約」に配慮しながら、国の経済が持つ潜在力を最大限に引き出し、人々の雇用を守り、生活を豊かにすることにある、というのがMMTの基本的な視点です。

プライマリーバランスの数字だけを見て一喜一憂するのではなく、経済全体の資源の状況や、インフレのリスクをしっかりと見極めながら、必要な財政支出を行うことこそが重要である、というのがMMTの考え方と言えるでしょう。