MMT入門：政府がお金を使うとき、日銀口座で何が起きる？
現代貨幣理論（MMT）を学び始めた方にとって、政府がお金を使うときの仕組みは、従来の経済観念と大きく異なり、疑問に感じる点が多いかもしれません。特に、「政府が支出するお金はどこから来るの？」「税金を集めてから使うんじゃないの？」といった疑問はよく聞かれます。
MMTでは、自国通貨を発行できる政府は、税金や国債で「資金を調達」してから支出する、という考え方はしないと説明します。では、一体どうなっているのでしょうか。
政府がお金を使う「その瞬間」を想像してみる
多くの人がイメージするのは、私たち家計と同じように、政府もまず「収入」（税金など）を得て、それから「支出」をする、という流れではないでしょうか。あるいは、お金が足りなければ「借金」（国債発行）をする、という考え方かもしれません。
しかし、自国通貨を発行できる政府の場合、お金を使う仕組みは私たちの家計とは根本的に異なります。ちょうど、PCやサーバー上で動くアプリケーションが、お金というデータを「作成」したり「移動」させたりするプロセスに似ている、とイメージしてみてください。
政府の「お財布」はどこにある？
まず、政府（具体的には国庫）が持っているお金は、私たちの銀行口座のように、日本銀行（中央銀行）に置かれています。これを「政府預金」と呼びます。私たちが銀行にお金を預けているのと似ていますが、少し違うのは、政府自身がその通貨の発行主体であるという点です。
政府支出の具体的な流れ（MMT的な視点）
では、政府が例えば公共事業のためにA建設会社に100億円を支払う、というケースを考えてみましょう。従来の考え方なら、「まず税収や国債発行で100億円を集める」と考えがちですが、MMTの視点では違います。
- 政府からの支払い指示: 政府は日本銀行に対し、「A建設会社の銀行口座に100億円を支払ってください」と指示を出します。
- 日本銀行でのシステム処理: この指示を受けた日本銀行は、自身のコンピュータシステム上で、いくつかの数値変更を行います。
- 政府預金の減少: 技術的には政府預金がマイナスになります。ただし、自国通貨を発行できる政府の場合、このマイナスは問題になりません。まるで、データベース上のカウンターを一旦リセットするようなイメージです。
- A建設会社が口座を持つ銀行の「準備預金」増加: 同時に、A建設会社が口座を持っている民間銀行（例えばB銀行）が日本銀行に持っている「準備預金」という口座の残高が100億円増加します。
- 準備預金とは？ 準備預金は、民間銀行が日本銀行に預けているお金で、主に銀行間の決済に使われます。私たち個人が直接触れるお金ではありませんが、銀行システムの基盤となる非常に重要なお金です。政府支出によって、この準備預金が増加するのです。
- 民間銀行での処理: 準備預金が増加したB銀行は、その増加を確認した上で、A建設会社の口座に100億円を入金します。
- A建設会社口座の増加: A建設会社のB銀行口座の残高が100億円増加します。これが、私たちが通常「預金」と呼んでいるお金です。
ここで何が起きたのか？
重要なのは、この一連のプロセスにおいて、政府は「どこかから100億円を集めてきた」わけではない、という点です。
- 政府は、自身の支出の指示によって、日本銀行のシステム上で新しい準備預金を生み出しました。
- その結果、A建設会社の銀行口座に新しい預金通貨が生まれました。
つまり、政府支出は、既存のお金を移動させるのではなく、新しいお金（銀行システム上の預金）を生み出す行為なのです。まるで、プログラムが実行されることで、新しいデータが生成されるようなものです。
なぜ「財源」を気にしなくていいのか
この仕組みを理解すると、MMTが「自国通貨を発行できる政府に『財源』の制約はない」と考える理由が見えてきます。技術的に、政府は中央銀行のシステム操作を通じて、必要なだけお金を「生み出す」ことができるからです。税金は、この「お金を生み出す」ための事前条件ではありません。
もちろん、これは政府が文字通り「無限にお金を使える」という意味ではありません。政府支出の本当の制約については、別の記事で詳しく解説しますが、それは「お金が足りなくなること」ではなく、「経済が持つ資源（人、モノ、設備など）の供給能力を超えてしまい、インフレが発生すること」です。
まとめ
MMTが示す政府支出の仕組みは、従来の「税金を集めてから使う」というイメージとは大きく異なります。政府支出は、中央銀行のシステム上で新しい準備預金を生み出し、それが民間銀行を介して私たちの預金口座に届くプロセスです。
この仕組みを理解することは、MMTがなぜ財政赤字や国の借金に対する見方が異なるのか、そして税金の本当の役割は何なのか（財源確保ではない）を理解するための第一歩となります。
今回の解説で、政府がお金を使うときの具体的な「裏側」の動きについて、少しでもイメージを持っていただけたなら幸いです。