MMT入門:MMTが考える政府支出の本当の目的とは?
政府支出、何のために行われる?
経済ニュースを見ていると、「政府が〇〇に△円支出する」といった報道をよく目にします。この「政府支出」は、私たちの生活や経済全体に大きな影響を与えるものです。
一体、政府は何のために私たちのお金(税金?)を使うのでしょうか?多くの人は、景気を良くするため、公共サービスを提供するため、あるいは集めた税金を適切に配分するため、といったイメージを持っているかもしれません。そして、その支出には「財源」が必要であり、「借金」が増えることを心配する声も聞かれます。
現代貨幣理論(MMT)は、この政府支出について、一般的な考え方とは異なる視点を持っています。MMTは、自国通貨を発行できる政府の場合、「財源」の確保は支出の前提条件ではないと考えます。そのため、政府支出の目的は、単に「お金をどこから持ってくるか」や「借金をどうするか」といった話よりも、もっと根本的なところにあると考えるのです。
この記事では、MMTが考える政府支出の「本当の目的」について、分かりやすく解説していきます。
MMTが考える政府支出のコアとなる考え方:「機能的財政論」
まず、MMTの政府支出に関する考え方の根底にある「機能的財政論」について触れておきましょう。これは、経済学者のアバ・ラーナーが提唱した考え方で、MMTはこの理論を継承しています。
機能的財政論では、国の財政の目標は、財政収支をバランスさせること(プライマリーバランス黒字化など)ではなく、経済全体が健全に機能することにあると考えます。
経済が健全に機能するとは、例えば以下のような状態を指します。
- 失業者がなく、望む人全員が働ける(完全雇用)
- 物価が安定している(極端なインフレやデフレがない)
- 国民が必要とする公共サービスが提供されている
機能的財政論は、「財政政策(政府がお金を使ったり税金を集めたりすること)は、これらの経済目標を達成するための強力な『ツール』として積極的に使うべきだ」と主張します。
従来の考え方では、「まず財源ありき」で支出を考えがちですが、機能的財政論やMMTは、先に「達成すべき経済目標」を設定し、その目標を達成するために必要な支出を行う、と考えます。
MMTが考える政府支出の「本当の目的」とは?
機能的財政論に基づき、MMTは政府支出の本当の目的を以下のように捉えています。
1. 実体経済の資源を有効活用すること
政府支出の最も重要な目的の一つは、経済の中に存在する「実物資源」を有効に活用することです。
ここで言う「実物資源」とは、お金そのものではなく、実際に何かを作り出したりサービスを提供したりするために必要な、労働力(人)、原材料、設備、技術、時間などを指します。
例えば、あなたが家を建てたいと思ったとき、必要なのは「円」というお金だけではありませんよね。大工さん、木材、釘、土地、設計図、そして作業時間が必要です。これらが「実物資源」です。
経済全体で見たときに、もし働きたいと思っているのに仕事がない人がいたり、使われていない工場や技術があったりすると、それは「実物資源が眠っている状態」です。MMTは、政府支出は、こうした眠っている実物資源に「お金」という手段を通じて働きかけ、経済活動を活発にし、社会全体にとって有益なものを作り出すために使うべきだと考えます。
図でイメージすると、経済全体の実物資源プールがあり、政府支出はそのプールの資源を掘り起こし、社会に必要なもの(インフラ、公共サービス、雇用など)に変えるためのポンプのような役割を果たすということです。
2. 社会的な目標を達成すること
政府支出のもう一つの重要な目的は、市場のメカニズムだけでは十分に達成できない、あるいは達成が難しい社会的な目標を実現することです。
これには様々なものがあります。
- 完全雇用の達成: 働く意欲のある人が全員働ける状態を目指す。MMTは就業保証プログラムなども提案しています。
- 質の高い公共サービスの提供: 教育、医療、介護、警察、消防、裁判など、国民生活の基盤となるサービスを全ての人が受けられるようにする。
- インフラ整備: 道路、橋、鉄道、港湾、通信網など、経済活動や国民生活を支える基盤を作る。
- 環境問題への対応: 再生可能エネルギーへの投資、環境保護対策など、将来世代のためにも必要な投資。
- 格差是正: 所得や資産の格差を是正し、社会の安定を図る。
これらの目標は、個々の企業の利益追求だけでは実現が難しく、政府が意図的に資源を配分することで初めて可能になります。MMTは、自国通貨を発行できる政府には、これらの社会目標達成のために必要な支出を行う財政的な能力が備わっていると考えます。
政府支出の「制約」は「財源」ではなく「インフレ」
MMTの考え方では、自国通貨を発行できる政府にとって、支出の主な制約は「お金がないこと」(財源不足)ではありません。では、何が制約になるのでしょうか?
それは、先ほど触れた「実物資源の不足」です。
経済全体で、労働力や原材料、設備などがすでにフル稼働しているにも関わらず、政府がさらに大規模な支出を行おうとするとどうなるでしょうか。需要は増えるのに、それを満たすための供給(実物資源)が増えないため、物価が上昇しやすくなります。これがインフレーションです。
MMTは、政府支出の真の制約は、このインフレの可能性にあると考えます。つまり、「お金はいくらでも発行できるが、実際に使える実物資源の量には限りがある。その限界を超えてお金を使おうとすると、インフレになる」ということです。
したがって、MMTの視点では、政府支出を判断する基準は「借金が増えるか減るか」「税金で賄えるか」ではなく、「その支出は、活用されていない実物資源を有効活用し、設定した社会目標の達成に貢献するか?」「その支出は、経済全体を過熱させ、制御不能なインフレを引き起こすリスクはないか?」ということになります。
まとめ
MMTが考える政府支出の本当の目的は、単に景気対策や財源のやりくりに留まらず、経済全体に眠る実物資源を掘り起こし、完全雇用、物価安定、質の高い公共サービス、インフラ整備、環境対策といった社会全体の目標を達成することにあります。
そして、その支出の実行可能性を判断する際の主な制約は、お金の「財源」ではなく、実物資源の限界による「インフレ」のリスクであるとMMTは考えます。
この視点を持つと、政府の予算や財政赤字に関するニュースの見方が変わってくるかもしれません。「国の借金が〇〇円になった」という数字だけを追うのではなく、「政府は、どのような目的のために、どのような実物資源を動員しようとしているのか?」「その支出は、私たちの社会をどのように変えようとしているのか?」といった、より本質的な議論に目を向けることが重要になります。