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MMT入門:「ストック」と「フロー」って何? MMTで理解する経済とお金

Tags: MMT, 経済学, ストック, フロー, 財政

はじめに:経済の「貯金箱」と「水の流れ」

経済に関するニュースや解説を聞いていると、「ストック」や「フロー」といった言葉が出てくることがあります。これらは経済を理解するための基本的な考え方ですが、専門用語のように聞こえて、少し戸惑う方もいらっしゃるかもしれません。特に、国の財政の話になると、「国の借金(ストック)が大変だ」という議論と、「政府の支出(フロー)を増やすべきだ」という議論が混在して、どちらが重要なのか分かりにくくなることがあります。

現代貨幣理論(MMT)の考え方を理解する上でも、「ストック」と「フロー」の違いを明確に把握することは非常に重要です。MMTは、お金がどのように生まれて経済の中を循環し、最終的にどのような結果をもたらすのか、という「お金の流れ」つまり「フロー」に大きな注目をしています。

この記事では、経済における「ストック」と「フロー」という基本的な概念を、身近な例えを用いながら分かりやすく解説します。そして、MMTの視点からこれらの概念がどのように捉えられ、なぜ政府の財政や経済全体の動きを理解する上で重要になるのかを見ていきます。難しい数式は一切使いません。

ストックとフロー:基本的な考え方

まず、「ストック」と「フロー」という言葉の基本的な意味を確認しましょう。

ストック:ある「時点」で存在する量

「ストック(Stock)」とは、ある特定の時点で存在するモノやお金の「量」や「残高」のことです。貯まっている状態をイメージしてください。

例えば:

例えるなら、浴槽やダムに溜まっている水の量がストックです。ある瞬間に測る水量ですね。

フロー:ある「期間」で動く量

一方、「フロー(Flow)」とは、ある特定の期間に動いたモノやお金の「量」や「変化」のことです。流れている状態をイメージしてください。

例えば:

例えるなら、蛇口から浴槽に流れ込む水の量や、排水口から流れ出ていく水の量がフローです。1分間あたり、1時間あたり、といった「期間」で測る水の量ですね。

ストックとフローの関係:浴槽の例え

ストック(浴槽に溜まった水の量)は、フロー(蛇口からの流入量や排水口からの流出量)によって変化します。

これを経済に当てはめて考えてみましょう。あなたの銀行口座の残高(ストック)は、給料(収入というフロー)や支出(消費というフロー)によって変化します。

経済全体のストックとフロー:MMTの視点

MMTは、このストックとフローの関係を、経済全体、特に政府と民間部門の関係において非常に重視します。経済全体は、家計、企業、政府、そして海外といった様々な部門に分けることができます。

MMTが強調する重要な関係の一つに、経済全体のフロー(収入と支出)のバランスがあります。経済全体の収入合計は、必ず支出合計と等しくなります。これは、誰かの支出は必ず誰かの収入になるためです。

そして、各部門(家計、企業、政府、海外)の収入と支出のバランス(フローの収支)を見ると、そこから各部門の貯蓄や債務といった「ストック」の変化が見えてきます。

部門別収支バランスという考え方があります。これは、経済全体をいくつかの部門に分け、それぞれの部門の収入と支出の差額(収支)を見るものです。驚くべきことに、経済全体の収支の合計は必ずゼロになります。これは、誰かがお金を使えば誰かが受け取る、というお金の流れの性質によるものです。

例えば、国内経済を「政府部門」と「非政府部門(家計+企業)」の二つに分けると、次の関係が成り立ちます。

政府部門の収支 + 非政府部門の収支 = 0

これはつまり、政府部門が赤字(支出>収入)ならば、必ず非政府部門は黒字(収入>支出)になる、ということを意味します。そして、政府部門が黒字(収入>支出)ならば、必ず非政府部門は赤字(支出<収入)になる、ということも意味します。

この「政府の赤字は民間の黒字」という関係は、フロー(収入と支出の流れ)の観点からの恒等式(常に成り立つ関係)です。

フロー(赤字・黒字)がストック(貯蓄・債務)に与える影響

では、このフローの収支バランスは、ストックにどう影響するのでしょうか?

これを先ほどの浴槽の例えに戻すと:

そして、政府という浴槽から流出した水(政府支出)が、そのまま民間という浴槽に流れ込んで溜まる(民間の貯蓄になる)、というイメージです。

図解イメージで示すと、政府部門から矢印(政府支出というお金のフロー)が非政府部門に向かって伸び、その結果、非政府部門の積み上げられたお金(貯蓄というストック)が増えていく様子が描かれるでしょう。一方で、政府部門は税収という矢印(フロー)を受け取りますが、支出の矢印の方が長いため、結果として政府の負債(債務というストック)が積み上がっていく様子が描かれます。

つまり、政府が意図的に(あるいは結果として)財政赤字(フローの赤字)を出すことは、民間の貯蓄(ストック)を増やすことと表裏一体の関係にあるのです。

MMTがなぜ「フロー」を重視するのか

従来の財政議論では、しばしば政府の「借金残高」(ストック)の大きさが問題視されます。「GDP比で〇〇%を超えると危ない」といった議論を聞いたことがあるかもしれません。これは、家計や企業と同じように、借金そのものが悪いものである、という考えに基づいています。

しかしMMTは、自国通貨を発行できる政府(日本政府のように円を発行できる政府)にとって、お金の供給源は税金や借金ではなく、必要な時に「創造する」ことだと考えます。このような政府にとって、財政運営で最も重要な制約は「財源」(お金が足りなくなること)ではなく、「インフレ」、つまり経済全体が持つ「モノやサービスを生み出す力」(実体経済の資源制約)を超えてお金を使いすぎることです。

MMTの視点では、政府の財政赤字(フロー)は、経済の活性化や必要な公共サービスを提供するための「手段」です。そして、その結果として民間の貯蓄(ストック)が増えることは、経済にとって望ましい状態である場合が多いと考えます。

だからこそMMTは、財政の目標を「収支バランスをとること」(フローの均衡)ではなく、経済が持つリソース(人、技術、設備など)を最大限に活用し、貧困や失業をなくすといった「実体経済の目標」を達成すること(機能的財政論)に置きます。この目標を達成するために必要な「支出」(フロー)を躊躇なく行い、その結果として政府の借金(ストック)が増えたとしても、それが直接的な問題になるわけではない、と考えるのです。

重要なのは、政府支出という「フロー」が、インフレを引き起こすほど過剰になっていないか、ということです。インフレが発生している場合は、政府支出を減らすか、税金を増やす(民間からお金というフローを吸収する)といった「フロー」の調整が必要になります。

まとめ:ストックとフローの視点でMMTをより深く理解する

「ストック」と「フロー」という概念は、経済の動きを整理して理解するために非常に役立ちます。特にMMTは、お金が経済の中でどのように「流れ(フロー)」、その結果として各部門の「貯蓄や債務(ストック)」がどのように変化していくかという動態に注目します。

このようにストックとフローの視点を持つことで、「国の借金残高が増えているから財政はすぐに破綻する」といった単純な見方だけでなく、政府の財政が民間経済に与える影響や、経済全体の資金の流れをより深く理解できるようになります。MMTの考え方がなぜ従来の経済観念と異なるのか、その核心部分の一つが、このストックとフロー、特にフローのダイナミズムとそれがストックに与える影響に対する独自の理解にあると言えるでしょう。