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MMT入門:貿易赤字は怖くない? MMTが考える貿易と為替の見方

Tags: MMT, 貿易赤字, 為替レート, 国際経済, 現代貨幣理論

多くの人が気になる「貿易赤字」と「為替」

経済ニュースを見ていると、「日本の貿易赤字が過去最大になりました」「円安が進んで物価が上がっています」といった報道に触れる機会が多いかと思います。こうしたニュースを聞くと、「貿易赤字は国が損をしている状態なのではないか?」「円安は国の力が弱くなっている証拠なのか?」といった不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。

従来の経済学では、貿易赤字は外貨準備の減少につながったり、対外債務が増加したりする要因として、しばしば懸念材料として取り上げられます。また、為替レートの変動は、輸出競争力や輸入物価に大きな影響を与えるため、常にその動向が注目されています。

しかし、MMT(現代貨幣理論)は、こうした貿易や為替に対する見方に、少し異なる視点を提供します。MMTの基本的な考え方を踏まえると、貿易赤字や為替レートの持つ意味が、従来の理解とは違って見えてくるのです。

MMTが考える「貿易」とは何か?

まず、MMTは「お金」や「政府の財政」について、従来の考え方とは根本的に異なる視点を持っています。政府が自国通貨を発行できる能力を持つ限り、国内での財政的な制約は「お金がないこと」ではなく、「利用可能な資源(人、モノ、サービス)」であると考えます。

この視点を貿易に当てはめてみましょう。貿易とは、国と国との間で「モノやサービス」を交換することです。日本がアメリカから飛行機を輸入し、アメリカが日本から自動車を輸入するといった具合です。

従来の感覚では、貿易赤字は「お金を海外に払いすぎている状態」のように感じられるかもしれません。しかしMMTは、貿易をあくまで「モノとサービスの交換」という実物経済の視点から捉えることを重視します。

MMTから見た貿易赤字の捉え方

貿易赤字とは、簡単に言えば「輸入額が輸出額を上回っている状態」です。日本が100億円分のモノやサービスを輸出した一方で、120億円分のモノやサービスを輸入した場合、20億円の貿易赤字となります。

これをMMTの視点で見ると、日本は海外から120億円分のモノやサービスを受け取り、その代わりに100億円分のモノやサービスを海外に渡した、ということになります。つまり、貿易赤字は、海外から国内へ、モノやサービスが純粋に流れ込んでいる状態であると解釈できます。

国内に必要な資源(石油、食料、特定の技術など)を海外から輸入できることは、国内経済にとって非常に重要です。貿易赤字は、こうした海外からの供給を享受している状態の一つの現れと見ることができるのです。

重要なのは、この貿易における支払いが、国内の財政問題(政府の借金など)と直接的に結びつかないという点です。日本政府が円を発行できるのと同様に、アメリカ政府はドルを発行できます。貿易における決済は、通常、相手国が受け入れ可能な通貨(多くの場合、ドルやユーロなどの主要通貨、あるいは相手国自身の通貨)で行われます。日本がドルで支払いを行うためには、ドルを「稼ぐ」(輸出する、海外からの投資を受け入れるなど)か、「借りる」か、あるいは外貨準備を取り崩す必要があります。

しかし、これは日本政府の「円建ての借金」とは全く異なる性質のものです。日本政府は円を発行できますが、ドルを発行することはできません。そのため、ドルでの支払能力には制約があります。一方で、このドルでの支払能力の制約は、日本政府が国内で円建てで支出を行う能力とは完全に切り離して考える必要があります。

MMTは、貿易赤字そのものが、政府の国内における財政破綻を招く直接的な原因にはならないと考えます。なぜなら、政府の国内での支出能力は自国通貨の発行能力によって決まるからです。貿易赤字は、あくまで国際的なモノ・サービスのフローと、それに伴う外貨の需給に関わる問題として捉えるのです。

ただし、これは「貿易赤字は全く問題ない」という意味ではありません。貿易赤字が続けば、自国通貨に対する国際的な信頼性や、為替レートに影響を与える可能性はあります。また、特定の産業が国際競争に敗れて衰退するといった問題も起こり得ます。MMTが指摘するのは、貿易赤字を「国の借金」や「財政破綻の兆候」のように捉えるのは適切ではなく、あくまで「海外からの実物資源の純流入」という側面と、それに伴う外貨の需給の問題として理解すべきだということです。

MMTから見た為替レート(円高・円安)

為替レートは、異なる通貨の交換比率です。例えば、1ドル=150円であれば、1ドルと150円が交換できるということです。このレートは、基本的に外為市場における需要と供給によって決定されます。円に対する需要が高まれば円高に、供給が増えれば円安に進みます。

MMTは、基本的に為替レートを特定の水準に維持することを、政策の主要な目標とは見なしません。なぜなら、MMTが重視するのは、国内経済の資源制約(利用可能な人、モノ、サービス)を最大限に活用し、完全雇用や物価安定といった国内目標を達成することだからです。

円安が進むと、日本の輸出品は海外から見て安くなり、輸入品は日本国内から見て高くなります。これは輸出に有利に働き、輸入に不利に働きます。逆に円高はその反対です。

円安は、輸入物価の上昇を通じて国内の物価(インフレ率)に影響を与えます。最近の日本の状況も、円安による輸入物価の上昇が一因とされています。MMTは、インフレの主な原因を「需要が経済の供給能力を超過すること」と考えますが、輸入物価の上昇のようなコストプッシュ要因もインフレの一因となり得ることは認識しています。

しかしMMTは、為替レートを操作することよりも、インフレに対しては、需要を抑制するための増税や、特定の供給制約を解消するための投資といった、より直接的な国内政策手段を用いることを優先する傾向があります。為替レートはあくまで経済状況を示す指標の一つであり、それを目標にすると国内の重要な目標(完全雇用など)が犠牲になる可能性がある、と考えるからです。

為替レートの変動は経済に様々な影響を与えますが、MMTの視点では、それを国内財政の健全性や国の借金問題と直接的に結びつけて過度に恐れる必要はない、ということになります。為替レートは国際的な市場の需給で決まるものであり、政府の国内における通貨発行能力とは性質が異なるからです。

まとめ:貿易赤字と為替をどう捉えるか

MMTの視点から見ると、貿易赤字や為替レートは、以下のように整理できます。

もちろん、MMTの考え方にも様々な議論や批判があります。しかし、貿易赤字や為替変動といった国際経済のニュースに触れる際に、従来の「赤字=悪」「国の借金」といった固定観念だけでなく、MMTが示すような「実物の流れ」「外貨の需給と国内通貨発行権の分離」といった視点を持つことは、経済の仕組みをより深く理解する助けになるのではないでしょうか。

MMTは、国の経済力を測る指標として、貿易収支や為替レートの水準よりも、国内の生産能力が最大限に活用されているか、国民が必要なモノやサービスを十分に享受できているか、といった実物経済の状態をより重視すると言えるでしょう。