MMT入門:税金は何のためにあるのか?
はじめに:税金に対する素朴な疑問
私たちの多くは、税金が国や地方自治体の活動を支えるための「財源」であり、道路や公共サービス、社会保障といった公共支出のために集められるものだと考えています。また、国の借金が増えると、将来的に税金が増やされてその借金を返すことになるのではないかと心配になることもあるでしょう。
これは非常に一般的な理解です。しかし、現代貨幣理論(MMT)では、税金の役割について、これとは少し異なる、そして非常に重要な視点を提供します。
国自身が自分たちの通貨を発行できる場合、税金はいったい何のためにあるのでしょうか? MMTの基本的な考え方から、この疑問を解き明かしていきます。
MMTの基本的な考え方と税金の関係
MMTでは、日本のように自国通貨を発行できる国は、その通貨建てで支払いを行う能力に本質的な制約がないと考えます。政府は、税収があるから支出できるのではなく、むしろ支出によって通貨を市場に供給すると捉えるのです。
例えるならば、ゲームセンターの運営者が、最初にゲームに必要な専用コイン(通貨)を発行し、それを参加者(国民)に渡し、そのコインでゲームをプレイさせる(公共サービスを提供する)ようなイメージです。この運営者は、コインをプレイヤーから回収(税金)する前に、自分でコインを「発行」してプレイヤーに渡す必要があります。
このように、政府が通貨の「発行者」であるという視点に立つと、税金の役割は従来の理解とは異なって見えてきます。MMTでは、税金には主に以下のような重要な役割があると考えます。
MMTが考える税金の主要な役割
1. 通貨に対する需要の創出
これはMMTにおける税金の最も重要な役割の一つです。なぜ政府は税金を徴収するのでしょうか? MMTでは、税金は国民に政府が発行した通貨(日本であれば円)を使わせるための仕組みだと考えます。
考えてみてください。もし税金がなかったら、私たちは必ずしも円を必要としないかもしれません。物々交換でも生きていけるかもしれませんし、異なるコミュニティ通貨が広く使われるようになるかもしれません。しかし、政府が「税金は円で支払わなければならない」というルールを設けることで、国民は税金を納めるために円を稼ぐ(労働する、商品やサービスを売るなど)必要が生まれます。
これにより、円という通貨に対する強い需要が生まれます。税金は、政府が発行する通貨に価値を与え、経済の中でその通貨が流通するための基盤を作り出す機能を持つのです。これを図でイメージすると、政府から通貨が支出され、税金によって通貨が政府に戻るという循環の中で、通貨が必要とされる経済圏が形成される様子が考えられます。
2. インフレの抑制
税金のもう一つの重要な役割は、経済全体の需要を調整し、インフレを抑制することです。
インフレは、物やサービスに対する経済全体の需要(総需要)が、経済が供給できる量(生産能力)を上回ったときに発生しやすくなります。例えるなら、人気の商品に対して、買いたい人が生産能力以上に殺到したときに値段が上がるようなものです。
政府が税金を徴収するということは、国民や企業の持つお金(円)の一部を政府が吸い上げることです。これにより、国民や企業が使えるお金が減り、経済全体の総需要を抑える効果が生まれます。総需要が過熱してインフレの懸念が高まった際に、政府が増税によって経済活動を冷やすことができるのです。逆に、景気が低迷し需要が不足している時には、減税によって総需要を刺激することも可能です。
つまり、税金は政府支出の財源としてではなく、経済の過熱を防ぎ、安定した成長を維持するための「需要管理ツール」として機能するとMMTでは考えます。
3. 所得格差の是正や特定の行動の促進・抑制
これは従来の経済学とも共通する役割ですが、MMTの文脈でも重要です。累進課税制度による所得の再分配や、タバコ税のように特定の行動を抑制するための税金、あるいは特定の産業を育成するための優遇税制などは、経済全体の公平性を高めたり、社会的に望ましい方向へ誘導したりするために機能します。
これらの役割も、政府が通貨発行権を持ち、財源の制約が基本的にないからこそ、より自由に、社会的な目的に合わせて設計できるとMMTでは考えます。
税金は「財源」ではない? 従来の考え方との違い
MMTの視点から見ると、「税金が政府支出の財源である」という従来の理解は、厳密には正確ではないことになります。政府は税収がなくても通貨を発行して支出できるからです。
重要なのは、政府はまず支出によって通貨を供給し、その後に税金によって市場から通貨を回収する、という順番です。図解をイメージするならば、政府が水道の蛇口(支出)を開けてプール(市場)に水を満たし、必要に応じて排水溝(税金)を開けてプールの水位(総需要)を調整するようなものです。税金は、蛇口を開けるための水源(財源)ではなく、プールの水位を調整するための排水溝なのです。
これは、政府の財政運営に対する見方を大きく変えます。「税収が少ないから支出を減らさなければならない」という考え方ではなく、「経済に必要な支出を行い、インフレリスクが出てきたら税金で調整する」という考え方になります。
まとめ:MMTにおける税金の真の役割
MMTの視点では、税金は単に政府がお金を集めるための手段ではありません。
- 国民に自国通貨を使わせ、経済に通貨を流通させるための「通貨需要創出装置」
- 経済全体の需要を調整し、インフレを防ぐための「需要管理ツール」
- 所得再分配や社会的目的達成のための「政策手段」
これらの役割こそが、MMTが考える税金の核心です。政府は通貨発行者として、税収に縛られずに公共の利益のために必要な支出を行う能力を持っています。税金は、その支出能力を制約するものではなく、むしろ経済を安定させ、社会的目的を達成するための強力なツールとして機能するとMMTは示唆しているのです。
このMMTの考え方を理解することで、国の財政や経済ニュースに対する見方が、これまでとは変わってくるかもしれません。