MMT入門:円高や円安はなぜ起きる? MMTの視点
為替レートの変動はなぜ起きる? MMTはどのように考えるのか
経済ニュースを見ていると、「円高」「円安」といった言葉をよく耳にします。為替レートが変動すると、私たちの生活にも様々な影響が出ます。例えば、海外旅行の費用が変わったり、輸入品の値段が変わったりします。
なぜ、この為替レートは常に変動するのでしょうか? そして、現代貨幣理論(MMT)は、この為替レートの変動をどのように捉えているのでしょうか。従来の経済観念とは少し異なる、MMTの視点から為替レートについて解説します。
為替レートとは何か? なぜ変動するのか
まず、為替レートとは、異なる国の通貨を交換する際の比率のことです。例えば、1ドル=150円であれば、1ドルと交換するために150円が必要になる、ということです。このレートは常に変動しています。
為替レートが変動する主な要因はいくつかあります。
- 貿易や投資: 日本が外国からモノを輸入すると、代金支払いのために円を外貨に替えます。逆に、外国が日本からモノを輸入すると、代金支払いのために外貨を円に替えます。このように、貿易や投資によって通貨の需要と供給が変化し、為替レートは変動します。例えば、日本からの輸出が好調で円の需要が高まれば、円高になる方向に圧力がかかります。
- 金利差: ある国の金利が高くなると、その国の通貨で資産を運用する方が有利になるため、海外から資金が流入しやすくなります。これにより、その国の通貨の需要が高まり、通貨高(円の場合は円高)になりやすくなります。
- 経済状況や将来の見通し: その国の経済が好調である、将来の成長が期待できるといった見方が広がると、その国の通貨が買われやすくなり、通貨高になることがあります。
- 投機: 短期的な為替レートの変動から利益を得ようとする投機的な資金の動きも、為替レートに大きな影響を与えます。
これらの要因が複雑に絡み合い、為替レートは常に変動しているのです。これを図にすると、様々な要素が網のように為替レートという中心に影響を与えている様子をイメージできます。
MMTは為替レートをどう捉えるか
MMTは、「自国通貨を発行する国(主権通貨国)は、通貨それ自体が不足することによって財政破綻することはない」と考えます。しかし、これはあくまで「自国通貨建ての債務」に関する話であり、対外的な関係、つまり為替レートは別の話になります。
MMTの視点から見ると、為替レートは以下のようになります。
- 為替レートは外部要因: MMTが重視する「インフレ」という制約は、国内の供給能力や資源に依存する、国内的な制約です。一方、為替レートは他国との関係で決まる、外部的な要因です。自国がいくら自国通貨を発行できても、他国がその通貨をどのように評価するかは、自国だけでコントロールできるものではありません。
- 為替レート自体を直接の目標としない: MMTは、政府の経済政策の究極的な目標を「完全雇用」や「物価安定」といった国内経済の安定に置くことが多いです。為替レートはこれらの目標を達成するための手段や、経済状況を示す指標の一つとして捉えられますが、為替レートそのものを特定の水準に維持することを主要な政策目標とはしません。
- 変動のメカニズムの重視: 為替レートの変動は、単なる貿易収支だけでなく、特に国際的な資金移動(資本移動)に大きく影響されると考えます。世界中の投資家が、どの国の通貨で資産を持つのが有利かを判断し、資金を動かすことによって、為替レートは大きく変動します。この点は、従来の経済学でも指摘されますが、MMTは自国通貨建て債務の制約がないという観点から、国内政策(特に金利水準など)が国際的な資金移動、ひいては為替レートに与える影響を重視することがあります。
MMTは、為替レートの変動を、国内経済(特に輸出入を通じた物価や産業)に影響を与える重要な要素として認識しつつも、それを無理に固定したり特定の水準に誘導したりすることよりも、その変動による影響に国内政策で対応することに重点を置く傾向があります。
政府や中央銀行は為替レートにどう関わる? MMTの視点
ニュースでは、政府や中央銀行が為替レートの急激な変動に対して「為替介入」を行うことが報じられることがあります。これは、自国通貨を買ったり売ったりして、為替レートを一定の方向に誘導しようとするものです。
MMTの考え方に基づけば、自国通貨を発行できる政府は、為替介入に必要な自国通貨(円の場合)を準備すること自体に制約はありません。しかし、為替介入にはいくつかの側面があります。
- 資金の制約(自国通貨側はなし): 日本政府(財務省)が為替介入を行う場合、円を売って外貨を買ったり、円を買って外貨を売ったりします。円を「売る」介入(円安阻止)の場合、無制限に円を発行して市場に供給できます。円を「買う」介入(円高阻止)の場合、外貨準備を使って市場から円を買い集めます。必要な円は日本銀行が供給します。MMTの視点では、円を供給すること自体に政府は制約を受けません。
- 効果と限界: 大規模な資金を使った為替介入は、一時的に為替レートを変動させることができます。しかし、為替レートは世界の市場参加者の思惑や経済状況によって決まるため、介入だけで長期的に特定の水準を維持するのは非常に難しい場合があります。特に、国際的な資金移動の規模が大きい現代においては、一国の介入資金には限界があるという考え方もあります。
- 国内経済への影響: 為替介入は、国内の資金の量(マネーサプライ)や金利に影響を与える可能性があります。例えば、円を売る介入は市場の円の量を増やし、国内の金利に影響を与える可能性があり、これは日本銀行の金融政策(物価安定を目標に金利を操作すること)と絡んできます。MMTは、政府(財政政策)と中央銀行(金融政策)の協調を重視しますが、為替介入が国内の物価や金融システムに与える影響は慎重に考慮する必要があると考えます。
MMTの考え方では、為替レートの急激な変動が国内経済に悪影響を与える可能性は認めつつも、為替介入という市場操作に頼るよりも、為替変動による国内への影響(例えば、円安による輸入物価高騰)に対しては、国内の供給能力を強化したり、生活に困窮する層への直接的な支援を行ったりするような、国内向けの財政政策で対応することを優先する傾向があります。つまり、為替レートを「どうにかする」より、為替レートの変動に「どう対処するか」に焦点を当てるということです。
まとめ:為替レートは「外の風」、どう対応するかが重要
MMTの視点から為替レートを見ると、それは自国だけで完全にコントロールできるものではなく、国際的な様々な要因によって変動する「外の風」のようなものとして捉えられます。
主権通貨を持つ国にとって、自国通貨建ての財政的な制約はありませんが、為替レートは輸入物価や輸出競争力に影響を与え、国内の物価や雇用といった経済目標達成に影響を及ぼす重要な要素です。
MMTは、為替レートの変動を無理に抑え込むことよりも、変動によって国内経済に生じる影響に対して、政府が機動的な財政政策を行うことで対応することに重点を置く考え方と言えるでしょう。為替レートの変動を「防ぐ」のではなく、変動に強い、あるいは変動の影響を吸収できる国内経済を作ることに力を入れる、という姿勢がMMTの為替レートに対する基本的な考え方となります。